忘却曲線(Forgetting Curve)

Behavioral Principles

Summary

忘却曲線とは、学習後に復習や想起をしないと、記憶の保持が時間とともに急速に低下し、その後ゆるやかに落ち着く傾向を示すモデルです。

ひとことで言うと「復習の“打ちどころ”を決めるための時間軸モデル」

いつ使うか:勉強・研修・オンボーディング・ナーチャリングで「何回/いつ復習するか」を決めたいとき。カレンダーに復習予定を置き、想起(テスト)を混ぜて定着を上げます。


秀逸ポイント

忘却曲線の価値は、「努力量」ではなく「タイミング」が成果を左右する、という当たり前を設計に落とせる点です。学び直しの最小単位を“時間”で切れるので、勉強スケジュールや研修設計が属人的な根性論から外れます。さらに、復習=読み返しではなく、思い出す(想起)を挟むほど長期保持が伸びやすい、という学習科学の知見とも噛み合います。
AIマーケの文脈でも同じで、ユーザー教育(機能理解、価値理解、成功体験の再現)は「一度読ませて終わり」だと抜け落ちます。行動ログ(閲覧、クリック、利用頻度)を手がかりに、思い出させる接点を適切な間隔で差し込む——この発想の出発点として、忘却曲線は強い土台になります。


提唱者・発表時期

起点は心理学者ヘルマン・エビングハウス(Hermann Ebbinghaus)です。1885年の著作『Über das Gedächtnis(On Memory / Memory: A Contribution to Experimental Psychology)』で、無意味綴り(nonsense syllables)を用い、学習後の経過時間によって再学習がどれだけ楽になるか(savings)を指標に、忘却の経時変化を示しました。
その後、同様の方法論での再現研究も行われ、エビングハウス型のデータ(急落→漸減)に近い形が得られています。
一方で、今日よく見かける「◯分で50%/24時間で70%忘れる」のような固定値は、教材や条件を越えて一般化できる“法則”としては扱いに注意が必要です(元研究は単一被験者・無意味綴り中心で、状況依存が大きい。また正確な数値は70%ではなく66.3%)。


詳細説明

忘却曲線は、「覚えたことが時間とともに失われやすい」という現象を、定量的に捉えるためのモデルです。ポイントは“直後に大きく落ち、以後は緩やか”という形で、学習直後〜1日程度の扱いが成否を分けやすい、という示唆を与えます。

1. エビングハウスが測ったのは「忘れた量」ではなく「再学習の節約量」

エビングハウスは、記憶を「どれだけ思い出せたか」だけでなく、「もう一度覚えるのに必要な時間がどれだけ短くなるか(savings)」でも測りました。これは実務的で、研修や学習でよくある“思い出せない=ゼロ”ではなく、「再起動が速い状態」を評価できます。

2. どの理屈で忘れるのか:単一原因ではない

忘却の説明には複数の立場があります。代表的には次の3つが混ざります。

  • 痕跡の減衰(decay):時間経過で記憶痕跡が弱まる

  • 干渉(interference):新旧の学習が互いに邪魔をする

  • 検索失敗(retrieval failure):手がかり不足で取り出せない(保持していても出ない)

実務で重要なのは、「忘却曲線=脳が勝手に消す」の決め打ちをしないことです。干渉が強いなら学習の並べ方(混ぜ方)を変える、検索失敗なら“思い出す練習”と手がかり設計を増やす、など介入が変わります。

3. 関連用語との違い(混同ポイント)

用語 何を説明するか 忘却曲線との関係
忘却曲線 復習しないと保持が落ちる経時変化 “問題の形”を示す
間隔反復(Spaced Repetition) 復習間隔を空けて学ぶと定着が伸びる “対策の設計原理”
分散学習効果(Spacing Effect) まとめ学習より分けた学習が有利になりやすい 間隔反復の学術的根拠
テスト効果(Testing Effect) 読み返しより想起(テスト)が長期保持を伸ばしやすい 復習内容の質を決める鍵

4. “曲線”は固定ではなく、動かせる(設計変数)

忘却曲線の忘れ方は一律ではなく、条件で形が変わります。たとえば、意味のある素材(業務手順、実例、ストーリー)にすると落ちにくく、想起を挟むと長期保持が伸びやすい。間隔の取り方にも最適域があり、長すぎても短すぎても効率が落ちます。
だからこそ、勉強でもマーケでも「最初の接触→短い間隔の再接触→少しずつ間隔を伸ばす」というカレンダー設計が効いてきます(ただし固定テンプレの盲信は禁物)。


具体例/活用案

1) 勉強・資格学習:カレンダーで“復習の席”を確保する

忘却曲線を「復習タイミングの意思決定」として使います。例として、1テーマ(例:統計の仮説検定)を学んだ後、次のようにカレンダーへ復習枠を置きます。

  • 当日:5〜10分で“思い出す”小テスト(白紙再現/口頭説明)

  • 翌日:間違いだけを再テスト(付箋で“詰まった点”を可視化)

  • 3日後:問題演習(解法を言語化)

  • 1週間後:混ぜて解く(干渉に強くする)

  • 2〜4週間後:模試形式で再テスト

ここでのコツは、復習を「読み返し」中心にしないことです。想起(テスト)を混ぜるほど長期保持が伸びやすいことが示されています。

2) 語学アプリ/暗記アプリ:間隔反復(SRS)で個別最適化する

語学学習の文脈では、間隔反復(Spaced Repetition System, SRS)が定番です。たとえばDuolingoは、学習の最適化の一部として間隔反復モデルを扱う研究・発信をしています。
また、SuperMemoは忘却曲線と“忘却確率”の考え方を前提に、反復間隔を調整するアプローチを長く提示してきました。
実務の示唆は明確で、「全員同じ復習間隔」よりも、「難しい項目ほど短め/得意ほど長め」に寄せたほうが、学習時間を節約しやすいという点です。

3) 生活への適用:人名・手順・ツールは“思い出す接点”を先に作る

覚えたい対象が「人名」「業務手順」「新ツール」なら、接点(想起のトリガー)を設計します。

  • 人名:名刺やプロフィールの要点を1行で付箋化→翌日に“顔を見て言えるか”テスト

  • 手順:チェックリストを見ずに手順を書き出す→足りない箇所だけ更新

  • ツール:ショートカットや主要操作を3問クイズ化→3日後に再回答

「思い出す練習」を小さく回すだけで、同じ復習回数でも残り方が変わります。

4) AIマーケ/CRM:オンボーディングとナーチャリングの“間隔設計”

プロダクトの価値理解は、初回説明だけだと抜け落ちます。忘却曲線をヒントに、以下のような“段階的リマインド”を設計します。

  • Day0:導入直後に「最初の成功体験」だけを1つ達成させる

  • Day1〜3:失敗しやすい点のFAQを提示(ユーザーが自分で答えを思い出せる導線)

  • Day7:ユースケースを1つ追加(前回の要点をクイズ形式で回収)

  • Day14〜30:比較・応用(上位機能、他社事例、ワークフロー統合)

ここでAIを使うなら、配信一律ではなく、行動ログから「忘れかけ」の兆候(未利用機能、操作の停滞、ヘルプ閲覧)を検知し、最短の“思い出す接点”を出す、という方向が自然です。間隔反復が示す通り、間隔と難易度を合わせるほど効率が上がりやすいからです。

誤用の注意:「◯%忘れる」を根拠に施策を固定しない

「24時間で70%忘れる」などの数字は、教育コンテンツで頻繁に引用されますが、素材・学習法・個人差で大きく変わります。数字を“脅し文句”として使うと、設計が雑になります。やるべきは固定値の暗記ではなく、(1)早めの再接触、(2)想起の挿入、(3)間隔の漸増、の3点を自分の文脈に合わせて回すことです。

よくある質問(FAQ)

Q. 忘却曲線は「誰にでも同じ形」ですか?

A. 同じにはなりません。元研究は無意味綴り中心で条件が限定されます。意味のある内容、想起の有無、干渉、睡眠などで形は動きます。

Q. 復習は何回やれば十分ですか?

A. 回数より、間隔と“思い出す練習”の質です。読み返しだけで回数を増やすより、短いテストを挟むほうが長期保持が伸びやすいことが示されています。

Q. 忘却曲線と間隔反復(Spaced Repetition)は同じですか?

A. 違います。忘却曲線は「放っておくと落ちる」形、間隔反復は「落ちる前後に復習を置いて伸ばす」設計原理です。

Q. マインドマップは忘却曲線を緩やかにできますか?

A. 使い方次第で期待できます。マインドマップ自体が「必ず忘れない状態」にするというより、内容を構造化して理解を深め、思い出すための手がかりを増やすことで、結果として保持が落ちにくくなります。学習効果が示された研究もありますが、常に他のノート法より優位とは限らず、描き方が重要です。

注:学術研究では”マインドマップ単独”による記憶保持改善は不安定で、効果の核心は”想起行為”にあります(Ritchie et al., 2013; Karpicke & Blunt, 2011)。」

Q. “効くマインドマップ”と“効きにくいマインドマップ”の違いは?

A. 分岐点は、マインドマップを復習(見返し)に使うか、想起(思い出す練習)に使うかです。資料を見ながら清書するだけだと効果は伸びにくい一方、白紙で再現して不足点を埋める形にすると長期保持に結びつきやすいです。

Q. 忘却曲線対策としての具体的な使い方は?(勉強スケジュール例)

A. 以下は参考スケジュール例です。最適な間隔は素材の難易度・個人差・学習目標によって異なります。SuperMemoやDuolingoのような適応型アルゴリズムではなく、固定スケジュールとして使う際は柔軟に調整してください。

  • 当日:資料なしでマインドマップを白紙再現(書けない枝に付箋)

  • 翌日:付箋の枝だけ再現→確認→修正

  • 3日後:主要枝だけで再現(詳細は口頭で説明できるか確認)

  • 1週間後:問題演習やケースに接続して再現(混ぜて使う)
    このように「まず思い出す→あとで確認」の順にすると、忘却への耐性が上がりやすいとされます。

    ※Ebbinghaus原典データが示す節約率の減衰タイミングとも厳密には一致しません(原典は20分・1時間・9時間・1日・2日・6日・31日で測定)。

Q. マインドマップの注意点はありますか?(誤用・やりがち)

A. 見た目を整えることが目的化すると逆効果です。情報量を増やしすぎた巨大マップや、色分け・装飾に時間を使いすぎる運用は、学習効率を下げやすいです。狙いは「覚え直し」ではなく、短時間で思い出せる手がかりを作ることに置くのが安全です。


すぐ使える問い(Killer Question)

  1. 今の施策は「理解した」前提で進んでいないか?
    重要な要点を、ユーザーが自力で言い直せる(想起できる)接点を、いつどこに置くのか。理由:想起を挟む設計が長期保持を押し上げやすい。

  2. 復習のタイミングは、カレンダー上で“席”として確保されているか?
    思いつきの再学習ではなく、当日→翌日→1週…と間隔を伸ばす運用になっているか。理由:分散学習は多数研究で有利になりやすい。

  3. 「同じ内容を同じ間隔で全員に配る」前提になっていないか?
    難所・誤解点・未使用機能など、忘れやすい箇所だけを短い想起で回収できるか。理由:項目難易度で最適間隔が変わる。


参考文献リスト

📖 カテゴリ A:オリジナル研究・再現研究(学術系)

Ebbinghaus, H. (1885). Über das Gedächtnis: Untersuchungen zur experimentellen Psychologie. Duncker & Humblot. (英訳:Memory: A Contribution to Experimental Psychology. Teachers College, Columbia University, 1913)

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Murre, J. M. J., & Chessa, A. G. (2023). Why Ebbinghaus’ savings method from 1885 is a very ‘pure’ measure of memory performance. Psychonomic Bulletin & Reviewhttps://doi.org/10.3758/s13423-022-02172-3

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📖 カテゴリ B:分散学習・テスト効果(学術系)

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Tabibian, B., Upadhyay, U., De, A., Zarezade, A., Schölkopf, B., & Gomez-Rodriguez, M. (2019). Enhancing human learning via spaced repetition optimization. Proceedings of the National Academy of Sciences116(10), 3988–3993. https://doi.org/10.1073/pnas.1815156116

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📖 カテゴリ C:アプリケーション・実装(業界公式資料)

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SuperMemo. (2018). SuperMemo algorithm [Official documentation]. https://help.supermemo.org/wiki/SuperMemo_Algorithm

Duolingo. (2024). What is spaced repetition and how does it work? Duolingo Blog. https://blog.duolingo.com/spaced-repetition-for-learning/


📖 カテゴリ D:補足・信頼性スコアの高い日本語資料(.ac.jp)

渡邉研究室(鹿児島大学 工学部). (n.d.). 忘却曲線〔資料〕. https://www.eee.kagoshima-u.ac.jp/~watanabe-lab/misc/忘却.pdf

大阪教育大学附属天王寺中学校. (2021). 短期記憶を長期記憶に移行する方法〔研究報告〕. https://f.osaka-kyoiku.ac.jp/tennoji-j/wp-content/uploads/sites/4/2021/04/45-11.pdf

📖 カテゴリ E:マインドマップ・コンセプトマッピングと記憶

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Ritchie, S. J., Della Sala, S., & McIntosh, R. D. (2013). Retrieval practice, with or without mind mapping, boosts fact learning in primary school children. PLOS ONE8(11), e78976. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0078976 (マインドマップ単独効果の過信に警鐘を鳴らす重要論文)

O’Day, G. M., & Karpicke, J. D. (2021). Comparing and combining retrieval practice and concept mapping. Journal of Educational Psychology113(5), 986–997. https://doi.org/10.1037/edu0000486

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