Summary
システムⅡ(System 2)は、UX・ナッジ実装の中で「誤クリックや衝動を減らし、重要な意思決定だけ“立ち止まって考えさせる”」ための中核概念です。
一言で言うと、「注意と認知資源を使って、検証・計算する熟慮モード」。
使いどころは、申込・課金・解約・同意など後戻りコストが高い局面で、判断の質を上げたいときです。
秀逸ポイント
システムⅡの強みは、バイアスを“消す魔法”ではなく、バイアスを検知して介入できる余地(介入ポイント)を与えてくれる点です。二重過程理論では、直感的な反応(システムⅠ)がまずデフォルトとして立ち上がり、必要に応じてシステムⅡが点検・修正に入る、という見立てがよく使われます。
一方で、システムⅡは常時オンにできる理想システムではありません。注意は有限で、忙しさ・疲労・情報過多・不安などで簡単に枯渇します(認知資源理論/認知負荷の発想)。
つまり実務のポイントは、「ユーザーを賢くする」ではなく、“賢くなってほしい瞬間”だけ、設計でシステムⅡを呼び出すことです。AIマーケティングでも同じで、パーソナライズやレコメンドが強いほどシステムⅠに乗りやすい分、高リスクの意思決定ほど説明・比較・再確認でシステムⅡを支援する設計が効きます。
提唱者・発表時期
「システムⅠ/Ⅱ」という言い回しは、行動経済学・意思決定研究を一般層にまで広めたダニエル・カーネマンの著作(2011年)で強く定着しました。
ただし背景には、より広い二重過程理論(dual-process theory)の系譜があります。たとえばスタノヴィッチ&ウェストは、直感的・自動的な処理と、分析的・制御的な処理の区別(Type 1/Type 2)を整理し、個人差や合理性研究とも接続しました。
エヴァンズは、判断・推論・社会的認知など多領域の二重過程モデルをレビューし、用語の混乱(System/Typeなど)や、プロセス間の関係(衝突・介入・統合)を俯瞰しています。
加えてカーネマンは1973年に注意を「容量の有限な資源」として扱う枠組みを提示しており、今日の認知資源/注意資源の議論に直結します。
詳細説明
1) システムⅡとは何か(システムⅡ側の視点)
システムⅡは、意図的で、遅く、努力を要し、ルールや数値・根拠で検証しながら進む認知システムです。意思決定・診断(状況判断)・推論で、直感の結論をそのまま採用せず、反証や代替案を扱おうとします。
ただし重要なのは、システムⅡが「常に正しい」でも「常に理性的」でもないことです。むしろシステムⅡは、限られた認知資源をどこに配分するかを選びます。注意が不足すると、**“点検を省略してデフォルト(システムⅠ)に委ねる”**ほうが起こりやすくなります。
2) 二重過程理論での位置づけ(デフォルト→介入モデル)
二重過程理論の代表的な見立ての一つに、デフォルト(直感)に対して、必要条件が揃ったときだけシステムⅡが介入するというモデルがあります(“default-interventionist”と呼ばれる整理など)。
マーケの実務に翻訳すると、ユーザーは基本的に「早く終わらせたい」「迷いたくない」状態で流れており、設計側が介入トリガーを用意できるかが勝負になります。
3) システムⅠとの比較
| 観点 | システムⅠ(参考) | システムⅡ(本稿の主役) |
|---|---|---|
| 処理特性 | 速い・自動・連想 | 遅い・意図的・検証 |
| 資源 | 低コスト | 注意・作業記憶を消費(有限) |
| 得意領域 | パターン認識、習慣、感情反応 | 比較、計算、ルール適用、反証 |
| 落とし穴 | ヒューリスティック由来のバイアス | 過信、後付け合理化、疲労で停止 |
| 設計の含意 | 摩擦ゼロで流すと強く働く | 摩擦・説明・比較表・確認で呼び出せる |
4) 「認知資源理論」との接続(なぜシステムⅡは枯れるのか)
注意を容量モデルで捉えると、「システムⅡを回す=注意資源を割り当てる」ことになります。注意が有限である、という前提自体が実務上の重要ポイントです。
その結果、同じユーザーでも「通勤中」「会議直前」「子どもを寝かしつけ中」など状況が変われば、システムⅡの稼働率は変わります。ここを無視して“丁寧な説明”を積み上げると、理解より先に離脱が起こります。
5) よくある誤解(理想システム化の罠)
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誤解1:システムⅡを起動すればバイアスは消える
実際には、システムⅡは「反証」だけでなく「正当化(合理化)」にも使われ得ます。 -
誤解2:重要な判断は、全部システムⅡに任せるべき
重要なのは“全部”ではなく、介入すべきポイントを絞ることです(高コスト判断・不可逆判断・誤解が致命傷になる判断)。 -
誤解3:システムⅠ=悪、システムⅡ=善
熟練者の直感は武器です。問題は、直感の適用範囲を超えているのに、点検が入らないことです。
具体例/活用案
1) 「読む前に拡散」を止める:リツイート前の読了促進プロンプト
SNSでは拡散が速く、システムⅠの勢いが勝ちやすい領域です。そこでX(当時Twitter)は、記事リンクを開かずに共有しようとすると「先に読む?」と促すプロンプトをテストしたと報じられています。
これは「ワンクッションの摩擦」で、ユーザーの注意を一瞬だけ意思決定に戻し、システムⅡの介入確率を上げる典型例です。マーケ施策でも、口コミ投稿・紹介送信・契約確定など“後戻りしにくい行動”の直前に、同種の設計が使えます。
2) デフォルトではなく「能動選択」を強制する:401(k)のアクティブ・ディシジョン
加入が遅れやすい制度(退職金・積立・保証など)では、放置=システムⅠの先延ばしが起きやすいです。そこで「加入する/しない」を**期限までに必ず選ばせる(active decision)**運用を研究した論文では、標準的なオプトインより初期加入が増えた、という結果が示されています。
UXに落とすなら、重要設定を「あとで」に逃がさず、最小限の情報+比較軸+明確な選択で“決める場”を設計する、ということです。
3) 比較をシステムⅡに渡す:単価表示(ユニットプライス)と整合性
購買の比較は本来システムⅡ向きですが、情報が不統一だと認知負荷が上がり、結局はヒューリスティック(慣れた銘柄、目立つ価格、割引率)に戻ります。ユニットプライス比較の認知負荷が高いと、消費者がヒューリスティックに頼りやすい、という指摘もあります。
マーケの画面設計でも、比較表・料金表示・条件表示の単位・期間・税/送料が揃っていないと、システムⅡを呼んでも処理できず離脱します。「システムⅡを起動する設計」と「システムⅡが処理できる表現」はセットです。
4) 使い方を誤ると“スラッジ”になる:摩擦の倫理
摩擦は、誤操作や衝動から守るナッジにもなりますが、**過剰な摩擦はスラッジ(不要な friction)**として批判対象になります。スラッジは「過度・不当な摩擦で、人が望む行動をしにくくする」方向の概念として整理されています。
解約導線をわざと複雑にする、確認画面を不必要に連発する、比較条件を隠して再計算させる──これらはシステムⅡ支援ではなく、認知資源の枯渇を狙った操作になり得ます。実務では「保護の摩擦」か「妨害の摩擦」かを必ず点検してください。
5) AIマーケティングでの実装ヒント(さりげなく効く)
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レコメンド理由の表示:「なぜこれが表示されたか」を短く説明し、検証可能性を作る(システムⅡの入口)。
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高リスク行動の前だけ「要点サマリ+比較軸+再確認」を出す(常時表示は逆効果)。
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ユーザー状態に応じた摩擦:急いでいる行動(連打・短滞在)では、確認を短く。一方で課金・同意は短くし過ぎない。
ここで重要なのは、AIで説得を強化することではなく、**意思決定品質を上げるための“診断”と“介入”**にAIを使う発想です。
よくある質問(FAQ)
Q1. システムⅡは「理性的な脳」だと考えてよいですか?
A. 近いですが注意が必要です。システムⅡは検証や計算が得意な一方、都合のよい結論を後付けで正当化する方向にも働き得ます。万能の理想システムではありません。
Q2. 「二重過程理論」「Type 2」と「システムⅡ」は同じですか?
A. 実務上は近い概念として扱えますが、研究領域や著者によって用語・範囲が異なります。System/Typeの対応関係は一対一ではない、という整理もあります。
Q3. ナッジはシステムⅠ向けですか、Ⅱ向けですか?
A. 両方あり得ます。摩擦を減らして直感でできるようにするナッジもあれば、比較表や確認で熟慮を促すナッジもあります。狙う意思決定の種類で使い分けます。
Q4. システムⅡを促すとCVが落ちませんか?
A. 落ちることもあります。だからこそ「常に促す」ではなく、申込・課金・同意など重要局面に限定し、処理可能な情報量に整えるのが定石です。
すぐ使える問い(Killer Question)
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その意思決定は、ユーザーにとって不可逆・高コストなのに、システムⅠの勢いで通過できる設計になっていないか?(重要性:後悔・返品・解約の増加は、短期CVより長期LTVを毀損します)
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「熟慮を促す」と言いながら、比較単位・条件・根拠が不統一で、システムⅡが処理できない情報設計になっていないか?(重要性:処理不能は離脱かヒューリスティック回帰を招きます)
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その摩擦はユーザー保護のためか、それとも離脱防止のためのスラッジ化(過剰friction)になっていないか?(重要性:短期指標のための摩擦は信頼とブランドを確実に削ります)
📚 参考文献リスト
【A】基礎理論・書籍
Kahneman, D. (1973). Attention and effort. Prentice-Hall.
Kahneman, D. (2011). Thinking, fast and slow. Farrar, Straus and Giroux.
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Evans, J. St. B. T. (2003). In two minds: Dual-process accounts of reasoning. Trends in Cognitive Sciences, 7(10), 454-459.
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【C】税務・支払い行動関連研究
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【D】デフォルト効果・意思決定関連研究
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Carroll, G. D., Choi, J. J., Laibson, D., Madrian, B. C., & Metrick, A. (2009). Optimal defaults and active decisions. Quarterly Journal of Economics, 124(4), 1639-1674. https://doi.org/10.1162/qjec.2009.124.4.1639
【E】技術・特許関連
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【F】ソーシャルメディア・プラットフォーム研究
Hatmaker, T. (2020, September 24). Twitter plans to bring prompts to ‘read before you retweet’ to all users. TechCrunch. https://techcrunch.com/2020/09/24/twitter-read-before-retweet/
【G】日本政府・公的機関
環境省. (n.d.). 日本版ナッジ・ユニット(BEST:Behavioral Sciences Team). https://www.env.go.jp/earth/best.html


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