システムⅠ(System 1)

Behavioral Principles

Summary

「UX・ナッジ実装(UX & Nudge)」の中核概念で、ユーザーの多くの意思決定を“最初の2秒”で決めてしまう側の認知システムです。

ひとことで言うと「直感で、瞬時に“それっぽい答え”を生成する思考モード

実務では、ユーザーが深く考える前に「次に何をすればよいか」を理解できるように、LPのファーストビュー、フォーム項目、価格の見せ方、レコメンドの並び順などを点検するときに使います。特に離脱が起きる“最初の数秒”で、直感がどこで止まっているか(不安・面倒・高そう・よく分からない)を診断するのに有効です。


秀逸ポイント

システムⅠが秀逸なのは、判断のスピードだけではありません。人は常に熟考できず、認知資源(注意・作業記憶)に制約があるため、現実の意思決定の多くはシステムⅠの自動処理に依存します。つまり、UX改善やナッジ設計のレバレッジが最も効く場所は「ユーザーが考える前に感じる」領域にあります。

さらに重要なのは、システムⅠは“バイアスの温床”である一方で、経験に裏打ちされた熟練の直感として高精度にも働く点です。システムⅠ=誤り、システムⅡ=正しい、という単純化は危険で、実務では「どの局面で自動処理が有利で、どこで誤判定が増えるか」を診断し、システムⅡを呼び出す設計(確認・比較・根拠提示)を適所に挿すのが要諦になります。二重過程理論がプロダクト改善の“設計原理”として使える理由はここにあります。


提唱者・発表時期

一般に「システムⅠ/システムⅡ」という呼称を広く普及させたのは、ダニエル・カーネマンの一般向け著作(2011年)です。カーネマンは意思決定研究(不確実性下の判断、ヒューリスティックとバイアス、プロスペクト理論など)を通じて、行動経済学の基盤を作った人物として知られ、2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。

一方で、学術的な系譜としては、二重過程理論(dual-process theories)が先にあり、推論・判断・社会認知など複数領域で「速い自動処理」と「遅い統制処理」を区別する枠組みが蓄積してきました。そのなかで、特定理論に肩入れしない汎用ラベルとして、スタノヴィッチ(1999)以降に「System 1 / System 2」が用いられた、という整理がよく引用されます。

なお近年のレビューでは、「二つの箱が脳内にある」という素朴な理解は誤解を招くとして、Type 1 / Type 2(処理の型)として捉え直す議論も進んでいます。


詳細説明

システムⅠ(Type 1)は、高速・自動・連想的に働き、入力された情報から即座に“意味”や“印象”を生成します。多くの場合、意識に上らないまま評価(好き/嫌い、安心/不安、得/損っぽい)を作り、行動の初期案を提示します。対してシステムⅡ(Type 2)は、遅い・意識的・統制的で、作業記憶を使いながら比較・計算・反証・条件分岐などを担います。

システムⅠが強く出る条件(認知資源理論の観点)

システムⅡは“いつでもON”ではありません。次の条件では、システムⅡの起動コストが上がり、システムⅠの比率が高まります。

  • 時間圧:急いでいる、締切、レジ前

  • 注意散漫:スマホ通知、マルチタスク

  • 認知負荷:選択肢が多い、情報が複雑、比較軸が不明

  • 疲労・空腹:セルフコントロール低下(一般論として)

この「認知資源の制約」を踏まえると、意思決定の設計は“説明を足す”より先に、負荷を下げる(情報設計・選択肢設計)ことが本筋になります。Type 2が作業記憶に依存する、という整理は二重過程理論のレビューでも繰り返し述べられています。

二重過程理論とは、人の意思決定には大きく2つの処理の型がある、という整理枠です。ひとつはシステムⅠのように自動で速い処理、もうひとつはシステムⅡのように意識的で負荷の高い処理です。学術的には複数のモデルがあり細部は一様ではありませんが、実務では「直感で進む場面」と「比較検討が必要な場面」を切り分け、UXやナッジの打ち手を設計するための共通言語として使われます。

典型的な出力:ヒューリスティックとバイアス

システムⅠは、環境に適応した“近道”(ヒューリスティック)を使います。代表例として、確率や頻度を直感で推定する際の偏り(代表性・利用可能性など)が古典研究として整理されています。
ここで重要なのは、ヒューリスティックは常に悪ではなく、環境が適合していれば高速で十分に当たる、という点です。問題は、環境が変わったのに同じ近道を使うときに起きます(例:SNSの“いいね”を品質保証と誤認する等)。

誤解を避けるための整理(よくある落とし穴)

  • 誤解1:システムⅠ=バイアス、システムⅡ=合理
    実際には、システムⅠも正答を出し得ますし、システムⅡも合理化や動機づけ推論で歪みます(レビュー論文でこの単純化は注意されています)。

  • 誤解2:速い=システムⅠ、遅い=システムⅡ
    熟練は“速いシステムⅡっぽい”振る舞いをします。速度だけで断定しない方が安全です。

  • 誤解3:脳内に2つの装置がある
    現代の議論では、二分法は便利な設計言語だが、実体は複数の下位過程の束、と見る立場が強いです。

システムⅠ/Ⅱの比較(実務用)

観点 システムⅠ(System 1 / Type 1) システムⅡ(System 2 / Type 2)
速度 速い 遅い
主体 自動・連想・直感 統制・分析・熟考
認知資源 低い(省エネ) 高い(作業記憶を使う)
得意 初期印象、パターン認識、感情評価 比較、計算、反証、条件整理
弱点 文脈ミスマッチで偏る/錯誤 疲れる/先延ばし/起動しない

関連用語との違い

  • ナッジ(Choice Architecture):選択肢の提示方法で行動を後押しする設計。多くはシステムⅠに作用するが、説明やフィードバックでシステムⅡを支援する設計もある。

  • バイアス:特定の方向への系統的な偏り。システムⅠ由来が多いが、システムⅡの合理化でも生じる。

  • 二重過程理論:システムⅠ/Ⅱを含む上位概念(分野ごとに複数系統がある)。


具体例/活用案

以下は「システムⅠが動く前提」で成果が出た(または強く関与したと解釈しやすい)例です。企業名を挙げるものは、公開情報で確認できる範囲に限定します。

1)摩擦を消して“衝動”を通す:Amazonの1-Click

ECの購入導線は、システムⅡを呼び出す(比較・再検討させる)ほど離脱しやすい領域です。Amazonの「1-Click」は、購入時に必要な情報(配送先・決済)を事前に紐づけ、入力という行為を最小化して即時購入を可能にする仕組みとして特許化されています(US 5,960,411)。
活用の示唆は単純で、フォームの項目数、エラー、確認画面の設計、ログイン強制などは、ユーザーをシステムⅡに引き戻す“段差”になり得ます。A/Bテストは「説得文」より先に「摩擦」を変数として置くのが堅実です。

2)社会規範で“自動的な同調”を引き出す:OPOWERの近隣比較レポート

OPOWERのHome Energy Reportは、近隣平均との差分を示すことで節電行動を促し、ランダム化フィールド実験で平均的な消費削減が推定されています(Allcott 2011など)。
これは「節電」という政策領域の話ですが、マーケティングでも同型の設計が使えます。たとえば、レビュー件数・購入者数・“同じ属性の人はこれを選ぶ”の提示は、システムⅠの社会的証を作動させます。ただし誇張表示は逆効果(信頼毀損)なので、義(母数・期間・算出)を小さく添えるのが安全です。

3)“みんな払っている”で支払いを進める:英国の税通知(行動インサイト)

英国の税の督促文に社会規範メッセージを加えることで支払い率が上がった、という大規模フィールド実験が報告されています(Hallsworthら)。
B2BでもB2Cでも、未完了(申込・決済・本人確認)のリマインドは同じ構造です。重要なのは、脅しではなく「あなたの周囲はこうしている」という規範の参照点を提示すること。AIマーケティングの文脈では、セグメント別に“参照集団”を最適化しやすい一方、根拠なきパーソナライズ規範は炎上リスクがあるため、生成文の出し分けほど監査が必要です。

4)“何もしない”を味方につける:デフォルト(臓器提供の研究)

選択肢の初期値(デフォルト)が参加率を大きく左右する、という臓器提供の研究は、デフォルト効果の代表例として頻繁に引用されます。
マーケでは、メルマガ購読、配送頻度、保証、支払い方法などの初期値が該当します。ここでの実務ポイントは、“ユーザー利益に沿う初期値”と“透明性”です。強引な初期値は短期CVを上げても、解約・苦情・口コミでLTVを落とします。

5)日本の文脈:省エネレポート/日本版ナッジ・ユニットBEST

日本でも、ナッジや行動インサイトを政策に適切に活用・普及させる取り組み(BEST)に関する戦略文書が公開されています。
また、省エネ分野でのナッジ活用(近隣比較など)を整理した国内解説もあり、システムⅠに働く“社会比較”を実装・検証する際の参考になります。
民間のUX改善でも、「比較対象を身近にする」「次の一手を提示する」は、システムⅡを酷使せずに前進させる基本形です。

誤用・注意(やってはいけない)

  • 「システムⅠに効く=強く誘導してよい」ではありません:ダークパターン(隠れコスト、解約の極端な難化、誤認を狙う表現)は短期指標を上げても、長期の信頼・指名検索・紹介を毀損します。

  • “直感に刺さる一言”で複雑な商品を売り切ろうとする:高単価・高リスク領域では、システムⅠで興味喚起→システムⅡで納得(比較表、根拠、FAQ、返品条件)の二段構えが必要です。

  • AIでの過剰最適化:クリック最適化が“刺激”に寄ると、ブランドの理想システム(提供価値・倫理・顧客利益)から逸脱します。モデル評価はCVだけでなく、解約率・返品率・苦情率もセットで見ます。


よくある質問(FAQ)

Q1. システムⅠとシステムⅡは、行動経済学のどの位置づけですか?
A. 行動経済学の多くの現象(バイアス、ヒューリスティック、ナッジ)は、二重過程理論で説明される“自動処理と統制処理のせめぎ合い”として理解しやすくなります。特にUXでは、システムⅠの初期印象が入口の離脱や選好形成を左右します。

Q2. 「システムⅠ=バイアス」だと考えてよいですか?
A. それは誤解を招きます。システムⅠは省エネで高速な代わりに偏りが出やすいですが、経験が蓄積された領域では精度も高いです。システムⅡも常に合理ではなく、合理化で歪むことがあります。

Q3. システムⅡを動かすにはどうすればいいですか?
A. 重要局面(高単価・契約・個人情報など)では、比較表、条件の明確化、根拠提示、第三者レビューの定義表示などで“検討モード”に入りやすくします。同時に、選択肢を絞り、情報を構造化して認知負荷を下げるのが近道です(認知資源理論の実務解釈)。


すぐ使える問い(Killer Question)

  1. この導線は“理解”で勝負していないか?
    システムⅠが先に反応する以上、最初の印象(安心・面倒・高そう)が負けると説明は読まれません。入口の感情評価を測っていますか。

  2. ユーザーがシステムⅡを使うべき局面を、こちらが潰していないか?
    高リスク購買で摩擦を消しすぎると後悔や解約が増えます。確認・比較・返品条件など、理想システムとしての安全弁は十分ですか。

  3. 最適化しているのは“クリック”か“顧客の成功”か?
    AIで刺激を最適化すると短期CVが伸びても、信頼・継続・紹介が落ちます。KPIに苦情率・返品率・解約率を同列で入れていますか。


参考文献リスト

学術論文

行動経済学・意思決定理論

Allcott, H. (2011). Social norms and energy conservation. Journal of Public Economics95(9-10), 1082-1095. https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2011.03.003

Carroll, G. D., Choi, J. J., Laibson, D., Madrian, B. C., & Metrick, A. (2009). Optimal defaults and active decisions. The Quarterly Journal of Economics124(4), 1639-1674. https://doi.org/10.1162/qjec.2009.124.4.1639

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Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgment under uncertainty: Heuristics and biases. Science185(4157), 1124-1131. https://doi.org/10.1126/science.185.4157.1124

認知心理学・二重過程理論

Evans, J. St. B. T., & Stanovich, K. E. (2013). Dual-process theories of higher cognition: Advancing the debate. Perspectives on Psychological Science8(3), 223-241. https://doi.org/10.1177/1745691612460685

Kahneman, D. (1973). Attention and effort. Prentice-Hall.

Stanovich, K. E., & West, R. F. (2000). Advancing the rationality debate. Behavioral and Brain Sciences23(5), 701-717. https://doi.org/10.1017/S0140525X00623439

税コンプライアンス・ナッジ実験

Hallsworth, M., List, J. A., Metcalfe, R. D., & Vlaev, I. (2017). The behavioralist as tax collector: Using natural field experiments to enhance tax compliance. Journal of Public Economics148, 14-31. https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2017.02.003

臓器提供研究

Johnson, E. J., & Goldstein, D. G. (2004). Defaults and donation decisions. Transplantation78(12), 1713-1716. https://doi.org/10.1097/01.TP.0000149788.10382.B2

van Dalen, H. P., & Henkens, K. (2014). Comparing the effects of defaults in organ donation systems. Social Science & Medicine106, 137-142. https://doi.org/10.1016/j.socscimed.2014.01.048

書籍

Kahneman, D. (2011). Thinking, fast and slow. Farrar, Straus and Giroux.

Sunstein, C. R. (2022). Sludge: What stops us from getting things done and what to do about it. MIT Press.

Thaler, R. H., & Sunstein, C. R. (2008). Nudge: Improving decisions about health, wealth, and happiness. Yale University Press.

政府・公的機関レポート

環境省. (2021). 環境省ナッジ事業の結果についてhttps://www.env.go.jp/press/109939.html

環境省. (n.d.). 日本版ナッジ・ユニット(BEST)についてhttps://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge.html

特許文書

Hartman, P., Bezos, J., Kaphan, S., & Spiegel, J. (1999). Method and system for placing a purchase order via a communications network (U.S. Patent No. 5,960,411). U.S. Patent and Trademark Office. https://patents.google.com/patent/US5960411A/en

技術・業界レポート

Twitter. (2020, September 25). Following successful experiments, Twitter will prompt all users to read the articles they’re about to retweet. Nieman Lab. https://www.niemanlab.org/2020/09/following-successful-experiments-twitter-will-prompt-all-users-to-read-the-articles-theyre-about-to-retweet/

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