シュンペーター仮説(Mark I)

Marketing Frameworks

Summary

「用語」:市場・競争の診断において、イノベーションの担い手が“新規参入者側”に寄りやすい産業構造を捉えるための視点です。

一言で言うと、「イノベーションは新規参入と起業家によって起こり、競争は“創造的破壊”として進む」。

使いどころ:既存プレイヤーの強み(ブランド、流通、規模)より、参入者の実験速度が脅威になる局面の見立てに使います。

秀逸ポイント

シュンペーター仮説(Mark I)の価値は、「競争が激しい/集中している」といった静的な市場分析から一段踏み込み、“誰が、どのメカニズムで優位を更新し続けるのか”を説明できる点にあります。
Mark Iは、新規企業・起業家が革新を起こしやすい(=参入障壁が相対的に低い、機会が開かれている)ため、勝ち筋が「規模の経済」よりも「学習速度・試行回数・市場実験」に寄ります。これはマーケティング実務で言えば、ブランド投資の回収を待つ前に、顧客の“乗り換え”が連鎖するような局面を想定しており、ポジショニング、価格体系、チャネル戦略、プロダクト開発の優先順位を根本から変えます。
またMark Iは、Mark II(大企業の“創造的蓄積”)との対比によって初めて輪郭が立ちます。「参入者の脅威」評価やM&A/提携の設計を、感覚ではなく産業レジームとして扱える
ことが、特筆すべき点です。

提唱者・発表時期

提唱者は経済学者の ヨーゼフ・A・シュンペーター(Joseph A. Schumpeter)です。
ただし「Mark I / Mark II」という呼び分け自体は、シュンペーター本人が章立てで明示したラベルというより、後続のイノベーション研究・産業組織論が、彼の“前期(起業家中心)”と“後期(大企業R&D中心)”の見方を整理するために用いた枠組みとして定着しました。実務で「Mark I」と言うときは、一般に、シュンペーターの前期的見取り図(起業家・新規企業が主役)に対応づけられます。
この整理は、産業別に「創造的破壊(Mark I)」と「創造的蓄積(Mark II)」がどの程度強いかを実証的に扱う研究潮流(例:Malerba & Orsenigo など)によって、より操作可能な概念として磨かれてきました。

詳細説明

1) 何を“仮説”と言っているのか(市場構造とイノベーションの論点)

シュンペーター仮説は大きく言えば、「市場構造(競争度・集中度)とイノベーションの関係」をめぐる論争の中心にあります。
直観的には「競争が強いほど革新が起きる」と思われがちですが、シュンペーターは後期において、大企業のR&D組織、資金力、累積的学習が革新を支える可能性も強調しました。こうした二面性が、後世にMark I / Mark IIという整理を生みます。
一方、実証研究のサーベイでは「市場支配力や企業規模が常にイノベーションを促進する」という単純な図式を支持する証拠は限定的だと整理されることもあります(測定や産業差の難しさも含む)。したがって、Mark Iは“結論”というより、産業の技術条件(参入容易性、知識の累積性、専有可能性など)から競争様式を推定するレンズとして使うのが実務的です。

2) Mark I(創造的破壊)とMark II(創造的蓄積)

Malerba & Orsenigo らの系譜では、産業に現れるイノベーションの型を “Schumpeter Mark I / Mark II”として整理し、産業によってパターンが系統的に違うことを示します。
Breschi, Malerba, Orsenigo らは、Mark Iを「widening(新規イノベーターが増えやすい)」、Mark IIを「deepening(既存イノベーターが深掘りしやすい)」として、特許集中度や新規参入の比率、イノベーター順位の安定性などで観測可能な形に落としています。

3) ひと目で分かる比較表(実務での“診断項目”)

観点Mark I(創造的破壊)Mark II(創造的蓄積)
主役新規参入者・起業家・新興企業既存大企業・確立プレイヤー
参入障壁相対的に低い(試せる)相対的に高い(資本・規制・標準・製造能力など)
競争の形置き換えが起きる(入れ替わり)序列が固定化しやすい(累積優位)
知識の性質外部に漏れやすい/模倣もしやすい場合が多い専有可能性が高く、累積的(学習曲線・研究資産)
典型的な指標(例)新規イノベーター比率が高い、集中度が低め、順位が不安定上位企業への集中度が高い、順位が安定、新規比率が低め
マーケ施策の含意実験速度、PMF探索、獲得効率の改善、スイッチング障壁設計ブランド信頼・規格/エコシステム・既存顧客維持、チャネル支配

この違いは、Fontana らが整理するような「技術機会(opportunities)」「専有可能性(appropriability)」「累積性(cumulativeness)」といった技術レジーム要因が、どちらの型を生みやすいかという発想につながります。

4) AIマーケティングへの“さりげない接続”

AIマーケの現場では、MarTechの一部領域で 「機能の差」より「データ資産・運用学習・統合(スタック化)」が優位を固定化させる局面があり、ここはMark II的に見えることがあります。一方で、広告クリエイティブ生成、ワークフロー自動化、ニッチ業務特化AIなどは、参入容易性が高くMark I的に“試行が乱立”しやすい。
つまり、同じAIでも領域ごとにMark I / IIが混在します。だからこそ、AI施策のKPI設計(短期獲得か、学習資産の蓄積か)を誤ると、競争様式と施策が噛み合わなくなります。

具体例/活用案

1) 産業ライフサイクルで“Mark I → Mark II”に変わる例(バイオ産業の示唆)

研究では、産業によっては 当初はMark I的(新規プレイヤーが革新を担う)だが、その後Mark II的(大手中心の累積)に移行しうることが示唆されています。たとえば日本のバイオ産業を対象に、Mark Iが先に成り立ち、その後にMark IIが成り立つ可能性を論じる研究があります。
マーケ実務ではこれを、「初期は“用途探索・PMF・エバンジェリスト獲得”が勝ち筋だが、後半は“規制対応・品質保証・販売網・信頼”が支配的になる」と翻訳できます。参入者脅威を過大評価し続ける(いつまでもMark I前提で戦う)と、投資配分を誤ります。

2) ICTのように“同じ産業でもサブ領域で型が違う”例

特許データ等で、ICTのサブセグメントにMark I/II的パターンが見られることを示す研究があり、「産業まるごとで一括診断」する危険を示唆します。
マーケティングで言えば、「カテゴリー」ではなく「ユースケース×顧客ジョブ×技術要素」で分解し、

  • 参入が容易で実験が乱立する部分(Mark I)

  • 標準化・統合・資本集約で優位が固定化する部分(Mark II)
    を切り分けると、競争分析の精度が上がります。

3) 施策への落とし込み

Mark I的市場を前提にするなら、次が実務の要点です。

  • “速さ”のKPI化:新規獲得CPAだけでなく、検証サイクル(実験回数、学習速度)を管理指標に入れる

  • スイッチング摩擦の設計:オンボーディング、データ移行、使い始め価値(Time-to-Value)を短縮する

  • 「模倣される」前提の差別化:機能差より、運用データ・コミュニティ・統合体験・ブランドの一貫性で守る

  • 提携/M&Aの論点整理:参入者を“敵”として見るだけでなく、探索装置として取り込む選択肢を持つ

4) 誤用の典型(注意喚起)

  • 誤用①:「Mark I=スタートアップが常に勝つ」
    実際は、産業が成熟するとMark IIへ移行することがあり、時間軸を無視すると見立てを誤ります。

  • 誤用②:「競争が強いほど必ずイノベーションが増える」という断定
    市場構造とイノベーションの関係は単純ではなく、実証でも一枚岩ではありません。Mark Iは“診断レンズ”として使うのが安全です。

  • 誤用③:“企業規模”だけで決め打ちする
    Mark I/IIは、企業サイズよりも「技術レジーム(参入容易性・専有可能性・累積性)」が鍵になります。

すぐ使える問い(Killer Question)

  1. この市場の差別化は“機能”か“累積資産(データ・学習・標準・チャネル)”か?
    理由:前者ならMark Iで置換が起きやすく、後者ならMark IIで守りが効く。投資配分(獲得 vs 蓄積)を決める基点になります。

  2. 新規参入が成功する条件は「顧客の乗り換えコスト低下」か「新しいジョブの発見」か?
    理由:乗り換え主導なら既存顧客が一気に流動化し、実験速度が勝敗を決めます。ジョブ発見主導ならカテゴリ再定義への備えが必要です。

  3. 上位プレイヤーの優位は“規模”ではなく“研究・運用の累積(深掘り)”で再生産されていないか?
    理由:累積が回り始めているならMark II化の兆候。参入者の脅威評価より、提携・統合・標準戦略に軸足を移すべきです。


参考情報

シュンペーターの原典:

  • Schumpeter, J.A. (1934). The Theory of Economic Development. PDF
  • Schumpeter, J.A. (1942). Capitalism, Socialism and Democracy. PDF

Mark I/IIに関する主要研究:

  • Malerba, F., & Orsenigo, L. (1995). Schumpeterian Patterns of Innovation. Cambridge Journal of Economics, 19(1), 47-65. RePEc
  • Breschi, S., Malerba, F., & Orsenigo, L. (2000). Technological Regimes and Schumpeterian Patterns of Innovation. The Economic Journal, 110(463), 388-410. Academia.edu
  • Fontana, R., Nuvolari, A., Shimizu, H., & Vezzulli, A. (2012). Schumpeterian patterns of innovation and the sources of breakthrough inventions. Working Paper

日本の産業に関する研究:

  • 浅川和宏・中村洋 (2005). 日本の医薬品・バイオ産業におけるイノベーション・システムの共進的変革. 医療と社会, 15(1). J-STAGE
  • Kneller, R. (2003). Autarkic drug discovery in Japanese pharmaceutical companies. Research Policy, 32(9), 1619-1637. PDF

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