はじめに
2026年2月3日、AnthropicのClaude Cowork発表を機に、SaaS関連企業の株価が急落。Forbes Japanは『47兆円が蒸発、SaaS大崩壊』と報じ、SNSでは『#SaaSIsDead』がトレンド入りしました。
もちろん、あらゆるソフトウェアが明日消えてなくなるわけではありません。しかし、これまで私たちが当たり前だと思っていた「SaaSの勝ちパターン」が通用しなくなっているのは事実です。
何が起きているのか、そして次に何が「死ぬ」のか、整理して解説します。
まずはオンプレからSaaS主流に移ってきた歴史から見ていきましょう。
1. SaaSへの移行:なぜ私たちはSaaSを選んだのか?
「SaaSの死」を語る前に、私たちが歩んできたソフトウェアの進化を振り返ってみましょう。かつて主流だった「オンプレミス(自社所有型)」から、なぜSaaSへと世界が動いたのでしょうか。
| 特徴 | オンプレミス時代 (2000年代まで) | SaaS時代 (2010年代〜現在) |
| 導入場所 | 自社のサーバー室に設置 | クラウド(ネット越し)で利用 |
| 支払い | 数百万円〜の「買い切り型」 | 月数千円〜の「サブスク型」 |
| 管理 | 自社のIT担当がメンテナンス | サービス運営会社が自動更新 |
| 導入期間 | 数ヶ月〜1年以上 | 数分(アカウント作成のみ) |
「所有」から「利用」へのパラダイムシフト
オンプレミス時代、ソフトウェアを導入するのは大仕事でした。高いサーバーを買い、エンジニアが設定し、何年もかけて使い倒す。
しかし、2010年代に登場したSaaS(Software as a Service)は、その常識を覆しました。
-
「必要な分だけ、いつでも始められ、いつでも解約できる」
-
「常に最新の機能が使える」
この圧倒的な利便性によって、企業は爆発的に多くのSaaSを導入。BetterCloud調査によれば、2024年の企業平均SaaS導入数は106個(2023年は112個、2022年ピーク時は130個)。
2. 「SaaSの死」とはどういう意味か?
端的に言えば、「特定の課題を解決するツールを月額課金(サブスク)で提供し、社員数に応じてアカウント課金する」という従来のビジネスモデルの限界を指しています。
主な要因は以下の3点です。
① 「AIエージェント」がアカウント課金を壊す
これまでのSaaSは「使う人間が1人増えるごとに〇〇円」というシート制(ID課金)が主流でした。しかし、AIが人間の代わりに仕事をこなすようになると、「100人で使っていたツールが、AIによって5人で済む」という事態も起こり得ます。ユーザー(人間)が減るとSaaS企業の収益も減るため、これまでの価格体系が維持できなくなっています。
② SaaS疲れとツール過多
多くの企業が「似たようなツールを契約しすぎている」ことに気づき始めました。かつては「特化型(ベスト・オブ・ブリード)」が好まれましたが、今は管理コスト削減のために「全部入り(プラットフォーム)」へ回帰する動きが強まっています。
③ 「作るコスト」の激減
AI(GitHub CopilotやCursorなど)の登場で、高度なソフトウェアを開発するコストが劇的に下がりました。わざわざ高い月額費用を払って外部のSaaSを借りるより、「自社専用のツールをAIにサクッと作らせる」方が安上がりになるケースが出始めています。(※GitHub Copilotの研究で生産性26%向上は実証済み)
3. データが示す次の変化:3つのトレンド
SaaSの次に変化の波に飲み込まれそうな概念をいくつか挙げます。
1. 「検索(SEO)」の死
Googleなどの検索エンジンで「リンクのリスト」から答えを探す行為が、AIによるダイレクト回答(PerplexityやChatGPTなど)に置き換わっています。これにより、「検索上位に表示させて集客する」という従来のマーケティングモデルが死に体になりつつあります。
2. 「ジュニアレベルの業務」の死
単純なリサーチ、要約、定型文の作成、基本的なコーディングなど、いわゆる「若手やインターンが経験を積むためのタスク」がAIに奪われています。これにより、「未経験から実務で育てる」という従来の育成フローが機能しなくなるリスクがあります。
3. 「定額使い放題(サブスク)」の死
動画配信やSaaSで顕著ですが、「使っても使わなくても毎月一定額」というモデルに消費者が飽き始めています。今後は、成果が出た時だけ、あるいは使った分だけ支払う「従量課金(Consumption-based)」や「成果報酬」へのシフトが加速するでしょう。
❓ よくある質問(FAQ)
Q1. 「ID課金」のツールは、今すぐ解約すべきですか?
A. いいえ、焦らなくて大丈夫です。ただ、今後「AIエージェント」を導入した際に、「人間は5人に減ったのに、100人分の月額料金を払い続ける」という歪みが生じます。その時に、柔軟な価格プラン(従量課金など)を提示できないベンダーは、自然と淘汰されていくでしょう。
Q2. 「SaaSの死」は本当に起きているのですか?
A. いいえ、SaaS市場自体は拡大を続けています(2025年の市場規模は約3,150億ドル)。「死」とは従来の「ID課金/シート制」というビジネスモデルの限界を指しており、SaaSそのものが消滅するわけではありません。
Q3. 大手(SalesforceやSlackなど)はどうなるの?
A. 彼らも必死に「死」を回避しようとしています。自社にAIを組み込み、「SaaS(ソフトウェア)」から「AIプラットフォーム」へ脱皮しようとしています。結局、プラットフォームとして定着している強者は、生き残る可能性が高いです。
Q4. AI検索でSEOは本当に死ぬのですか?
A. 完全に死ぬわけではありませんが、変化は確実です。2025年第4四半期時点でChatGPTはデジタルクエリ市場の17.1%を獲得しており、従来のGoogle検索最適化だけでは不十分になりつつあります。
Q5. 「自社開発」の方が安くなるって本当?
A. ケースバイケースです。AIを使えばコードを書くスピードは上がりますが、保守・運用コストは依然としてかかります。汎用的なツールはSaaSを使い、自社の競争力の源泉となる「コア業務」だけをAIで自社開発するのが、今のトレンドです。
Q6. AI機能がついていれば、そのSaaSは安心ですか?
A. 残念ながら、「とりあえずChatGPTを繋げただけ」の付け焼き刃なAI機能(ラッパーSaaSと呼ばれます)は一番危ないです。その機能、ChatGPTに直接頼めば月額20ドルで済みませんか? 「そのSaaSでしかできないAI体験」があるかどうかが分かれ目です。
Q7. 中小企業でもAIエージェントは導入できますか?
A. はい。月額数千円~数万円で利用できるSaaS型AIエージェントが増えています。ただし、自社の業務プロセスに適合するかの検証が重要です。
💡 まとめ:死ぬのは「モデル」であり「価値」ではない
「SaaSの死」とは、古いビジネスモデルの終焉を意味します。生き残るのは、AIを前提とした新しい価格体系を持ち、企業の深いワークフローに食い込んでいるサービスです。
従来のシート制課金は縮小しますが、SaaS市場全体は2025年に3,150億ドル規模へ成長しています。価値提供の方法が『ライセンス販売』から『成果課金』へ移行しているとみなすことができます。
参考文献
A. 学術・調査機関系
-
BetterCloud. (2025). The big list of 2025 SaaS statistics that you should know. https://www.bettercloud.com/monitor/saas-statistics/
-
Goldman Sachs. (2025). AI agents to boost productivity and size of software market. https://www.goldmansachs.com/insights/articles/ai-agents-to-boost-productivity-and-size-of-software-market
-
Gartner. (2024). Gartner forecasts worldwide public cloud end-user spending to total $723 billion in 2025 [Press release]. https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2024-11-19-gartner-forecasts-worldwide-public-cloud-end-user-spending-to-total-723-billion-dollars-in-2025
-
Peng, S., et al. (2023). The impact of AI on developer productivity: Evidence from GitHub Copilot. arXiv preprint arXiv:2302.06590. http://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2023arXiv230206590P/abstract
B. 企業公式発表・IR情報
-
Salesforce. (2026, January 13). Salesforce announces the general availability of Slackbot – Your personal agent for work [Press release]. https://www.salesforce.com/news/press-releases/2026/01/13/slackbot-announcement/
-
Salesforce. (2025, October 13). Salesforce announces the Agentic Enterprise [Press release]. https://www.salesforce.com/news/press-releases/2025/10/13/agentic-enterprise-announcement/
-
Salesforce. (n.d.). Native AI in Slack: Powering collaboration and productivity. https://www.salesforce.com/slack/native-ai/
-
OpenAI. (n.d.). ChatGPT plans | Free, Go, Plus, Pro, Business, and Enterprise. https://chatgpt.com/pricing/
-
GitHub. (2022, September 15). 調査:GitHub Copilotが開発者の生産性と満足度に与える影響を数値化. https://github.blog/jp/2022-09-15-research-quantifying-github-copilots-impact-on-developer-productivity-and-happiness/
C. 報道機関・業界メディア
-
Forbes Japan. (2026, February). 47兆円が蒸発、「SaaSの大崩壊」が始まった. https://forbesjapan.com/articles/detail/91276/
-
日経xTECH. (2026, February 5). 「SaaSの死」に3つの疑問 再び株価急落、震源はAnthropicのAI新機能. https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03492/020500001/
-
ITmedia ビジネス. (2026, February 5). 「SaaS」は本当に死んでしまうのか Anthropic「Cowork」が与えた衝撃. https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2602/05/news101.html
-
TECH+(マイナビ). (2026, January 15). AIエージェントにより「SaaS is Dead」は現実となるか?ラクスAI責任者が語る2026年トレンド. https://news.mynavi.jp/techplus/article/20260115-3947017/
-
Business Insider. (2025, September). 若手社員をAIに置き換えることは「これまで聞いた中で最も愚かなアイデア」とAWSクラウド責任者. https://www.businessinsider.jp/article/2509-amazon-cloud-chief-replacing-junior-staff-ai-matt-garman/
D. 専門家ブログ・業界分析
-
Bessemer Venture Partners. (n.d.). Part III: Business model invention in the AI era. https://www.bvp.com/atlas/part-iii-business-model-invention-in-the-ai-era
-
Cano-pus. (2025, July 18). 2025年SaaSトレンド予測を米国SaaS企業のレポートから読み解く. https://cano-pus.com/lab/2025/07/18/trend-2025/
-
Note (tame氏). (n.d.). AI Agent時代における課金体系!シート型課金から価値ベース課金へ. https://note.com/tame/n/n9e894369c5de
-
Yamada氏. (n.d.). AIチャットによりGoogle検索ボリュームはどのぐらい減っているのか. https://note.com/yamadaaaaaaa/n/n7e141a6382d0
-
Stripe. (2025). 約2,000人のビジネスリーダーに価格戦略に関する調査を実施 [Press release]. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000099.000077879.html
E. システム導入費用関連
-
Money Forward Biz. (n.d.). ERPのライセンス費用は?相場やクラウド型とオンプレミス型の違い. https://biz.moneyforward.com/erp/basic/972/
-
Focus-S. (n.d.). ERPの費用相場は?オンプレミス型とクラウド型の価格や内訳を解説. https://www.focus-s.com/note/0036


コメント