Summary
S&OP(Sales and Operations Planning)は、「市場の需要変動」を“供給・在庫・財務”の意思決定につなげる部門横断の運営プロセスです。位置づけとしては「市場・競争の診断(Strategy & Market Diagnosis)」の実務編で、需要の読み違いが“欠品・過剰在庫・機会損失”として顕在化する前に手を打つ枠組みです。
一言で言うと、「需要と供給と財務を“1つの運営計画”に揃える月次の意思決定プロセス」
APICS(現ASCM)の定義でも、販売・マーケ・供給網・財務など全社の計画を統合する点が強調されています。
実務では、大型施策(販促・値上げ/値下げ・新商品・広告投下)で需給が崩れそうなときに最も効きます。
秀逸ポイント
S&OPの強みは、需要予測や生産計画の精度を競うことではなく、全社としての優先順位(利益・在庫・欠品回避など)を決め、計画を一本化できる点にあります。部門ごとの最適化(部分最適)の押し引きに任せると、欠品と過剰在庫の両方が起きやすくなります。S&OPは議論の基準を全社KPIの観点(粗利、サービスレベル、在庫回転、キャッシュなど)にそろえ、トレードオフを明示して意思決定します。
たとえば「欠品を避ける」と決めれば在庫を積み増しやすく、商品回転率の悪化やキャッシュの固定化、値引き・廃棄リスクが高まります。逆に在庫を絞れば欠品や機会損失が増えます。S&OPは、この割り切りを場当たりにせず、数字と責任を揃えて決める仕組みです。さらに、差分と選択肢(増産・外注・配賦・販促調整など)を事前に整えることで、会議が報告で終わらず翌月のアクションに落ちる確度が上がります。AIマーケの施策も、需要の総量だけでなくSKU/チャネル/地域/タイミング(ミックス)を変えるため、施策前提をS&OPに織り込むほど需給のズレを抑えられます。
提唱者・発表時期
S&OPは一般に、1980年代初頭にOliver Wightが起源とされます。
用語としてのS&OP(現代的な意味づけ)は、同社のコンサルタントだったRichard Lingに帰属されることが多い、という整理もあります(文献・解説で言及が見られます)。
重要なのは「いつ誰が言ったか」以上に、S&OPが生産計画起点(在庫の過不足)から始まり、今は需要・供給・財務・マーケを統合する経営運営へ進化してきた点です。さらに発展形として、後述するIBP(Integrated Business Planning)に接続していきます。
詳細説明
1) S&OPは「プロセス」であり「表」ではない
S&OPは、APICS(現ASCM)の説明でも、顧客起点のマーケ計画とサプライチェーン運営をつなぎ、販売・マーケ・開発・製造・調達・財務の計画を“1つの統合計画”にするプロセスとされます。
ここが、PSI(Production/Sales/Inventory)や需要予測モデルと混同されやすい点です。PSIは有力な“道具”ですが、S&OPそのものではありません(後述)。
2) 典型的なS&OPのステップ(ステップ設計が命)
ASCMが整理するプロセスは、次の流れです(企業により名称差はありますが、骨格は同じです)。
Forecasting:需要のベースラインを置く(統計予測+現場知見+マーケ施策反映)
Demand planning:需要計画を“合意可能な数字”に落とす(販促、価格、チャネル、顧客別の前提を明文化)
Supply planning:供給能力(生産・調達・物流)と制約を踏まえ、実現可能な供給計画を作る
Pre S&OP:需要案×供給案のギャップを論点化し、選択肢(シナリオ)を準備する
Executive S&OP:経営が、トレードオフを決める(利益・成長・在庫・サービスレベルの優先順位)
Finalization / Follow-up:決定を計画に反映し、実行とモニタリングにつなぐ
S&OPが機能しない組織の典型は、Pre S&OPで“論点が整っていない”まま役員会に上がり、結局「次回までに精査」で終わるパターンです。逆に、Preで差分(ギャップ)と意思決定の選択肢が揃うと、Executiveは短時間で決まります。
3) 関連用語との違い(PSI違い / SCM違い / SCP違い / IBP違い)
混同をほどくために、違いを表で整理します。
| 用語 | 何を揃えるか | 主なスコープ | 時間軸の目安 | 成果物のイメージ |
|---|---|---|---|---|
| S&OP | 需要・供給・在庫・財務(+マーケ施策) | 部門横断の意思決定プロセス | 中期(数か月〜1年超のローリングが一般的) | 単一の合意計画、配賦/優先順位、例外対応方針 |
| PSI | 生産・販売・在庫の整合 | 計画表(ツール)寄り | 月次〜週次 | PSI表、在庫推移、供給/販売の差分管理 |
| SCM | サプライチェーン全体の最適化 | 調達〜製造〜物流〜販売までの運用/設計 | 短期〜長期 | ネットワーク設計、在庫政策、調達戦略など |
| SCP(Supply Chain Planning) | 供給網の計画最適化 | 供給網の“計画領域” | 中期中心 | 需要/供給計画、シナリオ、コミットメント |
| IBP | 戦略・ポートフォリオ・需給・財務の統合 | 全社経営の運営方式 | より長め(24か月超のローリング等) | 1つのOperating Plan、シナリオ/ギャップクローズ |
| S&OE | 合意計画の短期実行統制 | 実行(週次・日次) | 超短期 | 供給逼迫時の配賦、優先順位、例外処理 |
PSI違い:日本ではPSIを中心に運用してきた企業が多く、S&OPが「グローバルPSI」と呼ばれる文脈もあります。ただし、S&OPは“表の作成”ではなく、経営判断まで含むプロセスとして捉える方が再現性が上がります。
SCP違い:SCPは供給網の計画機能として、需要と供給のバランス、シナリオ分析などを扱います。 一方S&OPは、それを“経営意思決定の場”に接続し、販売・マーケ・財務を含めた合意形成に重心があります。
IBP違い:IBPは「次世代S&OP」「高度化S&OP」として説明され、戦略・ポートフォリオ・財務までを、例外駆動の月次リプランで整合させる、といった定義が提示されています。
4) AIマーケティングとS&OPの接続点(現場で効く設計)
AIマーケが強いのは、需要側のシグナルを増やせることです。検索、広告接触、サイト行動、問い合わせ、商談ログ、解約兆候などは、従来の出荷実績より早く“変化”を示します。
S&OPでは、これらを**需要計画の前提(因果)**として扱い、供給側に「どの顧客・どのSKU・どのチャネルを優先するか」まで落とし込みます。ポイントは、AIで予測精度を競うことではなく、不確実性を前提にシナリオを用意し、経営が決められる形に整えることです(AIは“意思決定の準備”に効きます)。
具体例/活用案
例1:販促で需給が崩れる前に「勝ち筋」を決める(マーケ施策×供給制約)
ある月に大型キャンペーン(広告投下+値引き+流通施策)を仕掛けると、需要は伸びますが、供給制約(原材料リードタイム、ライン能力、物流キャパ)が先に詰まります。
S&OPでは、需要計画で「施策の前提(期間・割引率・媒体・想定CVR)」を固定し、供給計画で「増産・外注・代替・チャネル配賦」の選択肢を作り、Pre S&OPで論点化します。
Executive S&OPで決めるのは、“売上を最大化”ではなく、例えば「粗利率を守るために値引きを抑え、欠品リスクが高いSKUは配賦で守る」「勝ちSKUに資源集中し、周辺SKUは機会損失を許容する」といった戦略的な割り切りです。
例2:可視化とデータの一元化が、S&OPの成果を押し上げる(公開情報ベース)
Cisco IBSGの資料では、サプライチェーンの可視化・透明性の便益の一つとして、**“S&OP outcomesの改善”**が挙げられています。
示唆は明快で、S&OPは会議体だけ整えても回りません。**単一の真実(single source of truth)**がなく、数字が部門で食い違うと、会議は“正しさ争い”になります。まず、需要・在庫・供給能力・制約・施策の前提が同じ画面で見える状態を作ると、議論が意思決定に寄ります。
例3:グローバル多事業では「可視化」が前提条件になる(ベンダー公開事例)
OMPのケーススタディでは、P&Gがサプライチェーン計画をエンドツーエンドで可視化する方向にシフトした、という文脈が紹介され、複数事業・多数SKU・99の生産拠点ネットワークといった複雑性が語られています(※P&G 2025年6月期年次報告書: 米国24拠点+海外32か国75拠点=99拠点)。
このレベルになると、S&OPは「精度の高い予測」より、例外(供給逼迫、需要急変)に対して、優先順位と配賦を早く決めることが価値になります。AIは、ここでシナリオ生成や制約下最適化、需要急変の早期検知(demand sensing)に寄与します。
誤用(よくある失敗)と注意喚起
S&OP=PSI表を作ること:表が綺麗でも、トレードオフが決まっていなければ在庫も欠品も減りません。PSIは“道具”、S&OPは“意思決定プロセス”です。
営業予算=需要計画:売上目標(コミット)と需要予測(確率)は別物です。ここを混ぜると、供給計画が歪みます。
SKU粒度に落としすぎる:S&OPは本来、ボリューム&ミックスを扱う階層です(詳細スケジューリングは下位プロセスへ)。
財務が後追い:IBPに近い運用を目指すなら、最初から財務を意思決定の中心に置くべきです(利益・キャッシュ・在庫の同時最適)。
よくある質問(FAQ)
Q1. S&OPとSCMの違いは何ですか?
A. SCMは調達〜製造〜物流〜販売までの“管理領域全体”です。一方S&OPは、その中でも特に、需要(販売・マーケ)と供給(生産・調達・物流)と財務を定期的に整合し、経営がトレードオフを決めるプロセスです。
Q2. S&OPとPSIの違いは何ですか?
A. PSIは生産・販売・在庫を並べて整合を見る“計画表(手法)”として使われることが多いです。S&OPは、PSIを含みうるものの、さらにマーケ施策や財務まで含めて合意計画を作る点が本質です。
Q3. S&OPとIBPの違いは何ですか?
A. IBPは、S&OPを拡張し、戦略・ポートフォリオ(製品/顧客の選び方)・需給・財務を、月次で例外駆動に揃える“経営の運営方式”として説明されます。成熟度が上がるほど、**シナリオとギャップクローズ(打ち手)**が中心になります。
Q4. まず何から始めればいいですか?(導入ステップ)
A. ①対象範囲(製品群/拠点/チャネル)を絞る → ②需要前提(施策・価格・顧客)を言語化する → ③供給制約(能力・リードタイム)を見える化 → ④Pre S&OPで“論点と選択肢”を作る、の順が堅いです。ASCMの流れに沿って会議体を設計すると迷いが減ります。
Q5. Webマーケで「流入KPIを最大化した結果、獲得できないユーザーまで集めてしまう」ミスマッチは、S&OPの範疇ですか?
A. 現象そのもの(媒体配分や入札で流入を増やす/減らすなど)は、基本的に部門戦術の領域で、S&OPが直接ハンドリングする粒度ではありません。ただし、そのミスマッチが全社KPI(粗利、受注率、LTV、営業・CSの稼働、解約率など)を押し下げるほど影響しているなら、S&OP(または発展形のIBP)で扱う価値があります。
S&OPの言葉に置き換えると、問題は「流入の量」ではなく、需要の質・ミックス(誰を連れてくるか、どの確度の商談をどれだけ作るか)が崩れていることです。月次のS&OPで、マーケ施策の前提(ターゲット、訴求、価格、チャネル)と、受け側の制約(営業・CSの対応キャパ、オンボーディング枠など)を同じテーブルで見て、ミックスが悪いなら施策を修正する/優先順位や受け方を変える、という意思決定に上げるのが筋の良い運用です。
Q6: S&OPとMRPの違いは何ですか?
A: MRP(資材所要量計画)は「生産計画を実行するためのツール」であるのに対し、 S&OPは「需給バランスを経営判断に統合するプロセス」です。 MRPはS&OPの実行層(Supply Planning)で使用される一手段に過ぎません。
Q7: S&OP導入に必要な期間は?
A: 一般的に6〜12ヶ月。Oliver Wightの成熟度モデルでは、 基本的なプロセス定着に3〜6ヶ月、組織文化への浸透に追加6ヶ月を要します。
Q8: S&OPに適した企業規模は?
A: 売上高50億円以上、または複数事業部/製品ラインを持つ企業で効果を発揮します。 小規模企業では簡易版の「需給調整会議」で十分な場合があります。
すぐ使える問い(Killer Question)
「今月の需要計画は、目標(コミット)と予測(確率)が混ざっていないか?」
混ざると供給計画が膨らみ、在庫が積み上がります。意思決定の前提が崩れていないかを最初に疑う問いです。「“欠品を避ける”の対価(在庫・コスト・粗利・キャッシュ)を、誰が承認しているか?」
S&OPはトレードオフの承認プロセスです。対価が曖昧だと、現場は部分最適で動き、結果的に全社損になります。「マーケ施策(広告・販促・価格)のカレンダーは、供給制約と同じ画面で議論されているか?」
需要は施策で“作られます”。AIで需要シグナルを取れても、供給に接続しなければ機会損失か品質事故に転びます。
参考文献
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