Summary
ターゲティングと顧客理解の中で、顧客インサイトを「チームの共通言語」に翻訳するフレームです。
ひとことで言うと「顧客が“何を言い・何を考え・何をし・何を感じるか”を可視化する」
いつ使うか: ペルソナや施策の議論が“主観のぶつけ合い”になり、打ち手の優先順位が決まらないときに使います。
秀逸ポイント
エンパシーマップの価値は、顧客理解を「合意できる仮説」に落とすプロセスにあります。4象限(Says/Thinks/Does/Feels)に分解することで、観察できる事実(発話・行動)と、推定が混ざりやすい領域(思考・感情)を切り分けられます。
結果として、①チーム内の認知ズレが早期に露呈し、②不足している定性・定量データ(VOC、行動ログ、商談メモなど)が明確になり、③コピー/LP/オンボーディング/CRMのどこを直せば“刺さる理由”が生まれるかを議論できます。さらにAIマーケティングの文脈では、インタビュー文字起こしや自由記述をLLMで要約し象限に整理することで、スピードと再現性を上げやすい点も実務的です(ただし根拠データの紐づけが必須)。
提唱者・発表時期
「共感(empathy)を起点に顧客を理解する」考え方自体はデザイン思考の流れの中で発展してきました(IDEOの実践を起点に、Stanford d.schoolでもツールとして整理されてきた、という説明があります)。
一方、現在もっとも広く流通しているテンプレートとしてのEmpathy Mapは、デザインコンサルXPLANEのDave Grayらが整形し、ファシリテーション・プレイブック『Gamestorming』(2010)で紹介されたことが普及の大きな契機だと説明されています。
その後、Dave Gray本人が2017年に“Updated Empathy Map Canvas”として拡張版(Sees/Hears、Pains/Gains等)を提示しています。
詳細説明
エンパシーマップ(共感マップ)は、特定の顧客タイプ(セグメント/想定ユーザー)について、「私たちは何を知っていて、何が不明か」を一枚で共有するための協働ワークです。NN/gは、共感マップを「特定タイプのユーザーについて知っていることを表現し、共有理解と意思決定を助けるための協働可視化」と定義しています。
基本構造(4象限)と“推定の扱い”
Says:ユーザーの発言(直接引用、または妥当な要約)
Does:観察された行動・典型行動(行動ログや現場観察が強い)
Thinks:頭の中の前提・動機・迷い(推定になりやすい)
Feels:感情(推定になりやすい)
重要なのは、Thinks/Feelsを「事実」のように断定しないことです。根拠が弱い場合は「仮説」ラベルを貼り、次の調査(インタビュー設計、アンケート項目、ログ分析)に接続します。NN/gも、作成プロセスが“データの穴”を露呈させる点を強調しています。
注: NN/g(Nielsen Norman Group)は、ユーザビリティ研究者 Jakob Nielsen と Don Norman によって設立された UX リサーチ機関として知られています。
拡張構造(7領域のキャンバス)
拡張版では、状況理解を強めるために Sees/Hears(周囲環境・他者からの影響)や、意思決定を左右する Pains/Gains(不安・摩擦/得たい成果)などが追加されます。
マーケティングでは特に、Pains/Gainsを**「訴求(ベネフィット)と障壁(リスク認知)」**に翻訳しやすく、広告コピー、FAQ、比較表、導入事例の設計に直結します。
似ている用語との違い(混同しやすいポイント)
| 手法 | 何を解く道具か | 強み | 落とし穴 |
|---|---|---|---|
| エンパシーマップ | 顧客理解の共有・仮説化 | 思考/感情まで含め“認知ズレ”を可視化 | 根拠薄い推測で埋めると危険 |
| ペルソナ | 代表ユーザー像の定義 | 意思決定の軸(誰のために)を固定 | 作ることが目的化しやすい |
| カスタマージャーニー | 時系列の体験設計 | どこで離脱・不満が起きるか見える | “時系列”が必要、粒度が重くなりがち |
| JTBD | 目的(片づけたい仕事)の特定 | 代替比較・選定理由に強い | 文脈(感情/周囲影響)が抜けやすい |
※エンパシーマップは時系列ではありません(ジャーニーの前段で「その人をどう理解するか」に向きます)。
歴史的背景と位置づけ
『Gamestorming』では、共感マップは“厳密なリサーチに基づくペルソナ作成ほどの手間はかけずに、素早く人に焦点を当てる”ための手法として説明されています。
この性格上、マーケティング実務では 「①短時間で仮説を揃える → ②調査で検証して更新する」 の往復運動が最適解になります。
AIマーケティングへの自然な接続(さりげなく、しかし効く)
入力(材料):インタビュー、商談議事録、コールログ、レビュー、自由記述、チャット履歴
AI活用:LLMで象限別に要約・分類 → 埋め込み(embedding)でペインのクラスタリング → “勝ち筋仮説”を複数生成
注意点:LLMの要約は便利ですが、根拠テキストへのリンク(引用元ID)を残し、推測は推測として管理しないと“もっともらしい誤解”が増えます。
具体例/活用案
1) プロダクト改善の現場:チームの共通理解を先に作る
AtlassianのTeam Playbookでは、Empathy Mappingを「顧客(ペルソナ)理解のための可視化」として、短時間で実行できるワークとして手順化しています。プロダクト・マーケ・CSが同席し、Says/Doesの根拠(チケット、通話ログ、行動ログ)を貼った上でThinks/Feelsを仮説として置くと、オンボーディングやUI改善の論点が早く収束します。
施策への落とし込み例(BtoB SaaS)
Pains:稟議の不安、失敗の責任回避、移行コスト
Gains:短期での成果可視化、監査対応、運用負荷の低下
→ 施策:①比較表+セキュリティFAQの強化、②“30日で成果が見える”テンプレ提供、③導入事例を「稟議で使える1枚」に再編集
2) 社会・公共領域:ステークホルダー理解と“影響(Impact)”設計
EuropeanaのImpact Playbookでは、遠くなりがちなステークホルダーを理解するためにEmpathy Mapを用い、ニーズの仮説を描いた上で、実際に将来ユーザーを巻き込み検証したことが紹介されています。マーケティングの文脈でも、自治体・教育・文化事業のように“顧客”が多様な場合、共感マップを**セグメント別(利用者/提供者/意思決定者)**に分けるだけで設計が進みます。
3) 誤用しがちなパターン(注意喚起)
“想像だけ”で埋めて完成扱い:共感マップは完成品ではなく、検証で更新される「仮説ボード」です。
ジャーニーの代わりに使う:時系列の課題(どこで離脱したか)を解くなら、カスタマージャーニーが必要です。
自社の都合をユーザー感情に混ぜる:「売りたい」「言わせたい」をFeelsに書くと、途端にプロパガンダになります。
4) AIで“普通の共感マップ”を一段だけ実務寄りにする
VOCをLLMで象限別に要約する際、必ず「原文リンク(引用)」を保持する
Pains/Gainsをembeddingで束ね、**“頻度×深刻度×収益影響”**で優先順位を付ける
上位3クラスタだけを材料に、広告訴求・LP・メール件名の仮説を作りA/Bテストへ接続(GEO的には、検索意図に合わせてFAQや比較表を増やす)
すぐ使える問い(Killer Question)
「Says(言うこと)とDoes(実際の行動)は矛盾していないか?」 矛盾点は離脱理由や不満の核心になりやすく、改善インパクトが大きいです。
「このペインは“誰が・いつ・何を失う恐れ”として発生しているか?」 粒度を上げると、コピーや導線が“刺さる形”に具体化します。
「AIで最適化する前に、顧客の不安(誤解・拒否感)を根拠付きで説明できるか?」 パーソナライズは信頼を増やす一方、外すと毀損が早いからです。
参考文献リスト
【一次情報源】
Gray, D. (2017, July 15). Updated Empathy Map Canvas. Medium.
https://medium.com/@davegray/updated-empathy-map-canvas-46df22df3c8aGray, D., Brown, S., & Macanufo, J. (2010). Gamestorming: A Playbook for Innovators, Rulebreakers, and Changemakers. O’Reilly Media.
PDF: https://webmemo.ch/wp-content/uploads/2010/05/Gamestorming-playbook-for-innovators-rulebreakers-changemakers.pdfGray, D. (2017). Empathy Map Canvas [PDF]. Gamestorming.
https://gamestorming.com/wp-content/uploads/2017/07/Empathy-Map-Canvas-006.pdfGray, D. (n.d.). Biography. XPlaner.
https://xplaner.com/bio/Gamestorming. (n.d.). Empathy Mapping.
https://gamestorming.com/empathy-mapping/
【権威ある組織・専門機関の公式文書】
Nielsen Norman Group. (n.d.). Empathy Mapping: The First Step in Design Thinking.
https://www.nngroup.com/articles/empathy-mapping/Nielsen Norman Group. (n.d.). UX Mapping Methods Compared: A Cheat Sheet.
https://www.nngroup.com/articles/ux-mapping-cheat-sheet/Atlassian. (n.d.). Empathy Mapping – Team Playbook.
https://www.atlassian.com/team-playbook/plays/empathy-mappingEuropeana. (n.d.). Step 1. Get to know your stakeholders – Europeana Impact Playbook. Atlassian Confluence.
https://europeana.atlassian.net/wiki/spaces/CB/pages/2256830563/Step+1.+Get+to+know+your+stakeholdersEuropeana PRO. (n.d.). Europeana Impact Playbook.
https://pro.europeana.eu/page/europeana-impact-playbook
【百科事典的情報源】
Wikipedia. (n.d.). David M. Kelley.
https://en.wikipedia.org/wiki/David_M._KelleyWikipedia. (n.d.). Hasso Plattner Institute of Design.
https://en.wikipedia.org/wiki/Hasso_Plattner_Institute_of_Design
【デザイン思考とIDEOに関する情報源】
IDEO. (n.d.). David Kelley – Leaders.
https://www.ideo.com/leaders/david-kelleyXPLANE. (n.d.). The Empathy Map: Understanding How Your Audience Thinks.
https://xplane.com/the-empathy-map-a-human-centered-tool-for-understanding-how-your-audience-thinks/Stanford d.school. (n.d.). Empathy Map [Method Card].
https://dschool-old.stanford.edu/wp-content/themes/dschool/method-cards/empathy-map.pdf
【追加の学術・専門情報源】
Interaction Design Foundation. (n.d.). What is Empathy Mapping?
https://www.interaction-design.org/literature/topics/empathy-mappingMaze. (n.d.). Empathy Mapping: Bridging the User-Design Gap.
https://maze.co/blog/empathy-mapping/Canva. (n.d.). How to Create an Empathy Map (Examples & Tips).
https://www.canva.com/online-whiteboard/empathy-map/UX Collective. (n.d.). Introduction to empathy maps.
https://uxdesign.cc/introduction-to-empathy-maps-56554b80872dGliffy. (n.d.). Empathy Mapping: How to Understand Your Users.
https://www.gliffy.com/blog/empathy-mapping
【検証対象記事】
- Marketing AI. (2026, January 26). エンパシーマップ(共感マップ).
エンパシーマップ(共感マップ)/
2026-01-26 - AIマーケティングとデータ活用のプレイブック|marketing-ai.biz戦略・マーケ・オペレーションをつなぐ Data & AI Lab
補足情報
エンパシーマップの歴史的タイムライン
- 1991年 – IDEOがDavid Kelleyにより設立される
- 1993年 – Dave GrayがXPLANEを創設
- 2004年 – Stanford d.school(ハッソ・プラットナー・デザイン研究所)設立
- 2010年 – 『Gamestorming』出版、エンパシーマップが広く紹介される
- 2017年7月 – Dave Grayが拡張版「Updated Empathy Map Canvas」を発表
主要な提唱者・関係者
- Dave Gray – XPLANEの創設者(1993年)、エンパシーマップの開発者、『Gamestorming』共著者
- Sunni Brown – 『Gamestorming』共著者
- James Macanufo – 『Gamestorming』共著者
- David Kelley – IDEO共同創設者(1991年)、Stanford d.school創設者(2004年)
- Bernard Roth – Stanford d.school共同創設者
ファクトチェック実施日: 2026年1月26日


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