Summary
行動モデル・変容モデルの中でも、メッセージが「深く考えられるか/流して受け取られるか」を整理し、態度変容の持続性まで見通すのがELM(精緻化見込みモデル)です。
ひと言で言うと「説得は“論拠”か“手がかり”かで効き方が変わる」。
新規獲得やナーチャリングで、コンテンツを厚くすべき局面/軽く刺すべき局面の判断に使います。
秀逸ポイント
ELMの秀逸さは、説得の成否を「何を言うか」ではなく「相手がどれだけ深く考えられる状態か(精緻化の見込み)」で整理できる点です。精緻化できるときは、主張の根拠や比較材料を吟味して判断する中央ルート(=論拠で納得)が効きます。一方、時間がない・知識がない・関与が低い局面では、実績・評判・権威・デザインなどの周辺ルート(=手がかりで安心)が意思決定を後押しします。さらに重要なのは、同じ要素でも状況次第で「手がかり」にも「論拠」にもなり得ることです。だからこそ、広告→LP→比較表→FAQのように深度を段階設計し、A/Bテストでは“論拠強化”と“手がかり整備”を切り分けて検証できます。AIマーケティングでは、ユーザーの温度感に合わせて情報の深さを出し分け、理解コストを下げて精緻化を促す設計に直結します。
提唱者・発表時期
ELM(Elaboration Likelihood Model)は、米国の社会心理学者リチャード・E・ペティ(Richard E. Petty)とジョン・T・カシオッポ(John T. Cacioppo)が中心となって1980年代に体系化した説得理論です。理論を一般モデルとしてまとめた代表的著作が『Communication and Persuasion』(1986)で、以後、広告、ヘルスコミュニケーション、オンライン説得などへ広く応用されています。
広告・消費者行動の文脈では、関与(involvement)の高低が“論拠の質”と“周辺手がかり”の効き方を切り替えることを検証したJournal of Consumer Researchの論文(Petty, Cacioppo & Schumann, 1983)が特に有名です。
詳細説明
ELMは、説得コミュニケーション研究で長く続いた「態度は論理で変わるのか、印象で変わるのか」という対立を、“受け手の処理の深さ”に統合した枠組みです。ペティ/カシオッポは、受け手がメッセージを精緻化できる(=動機と能力がある)ほど、主張の論拠(argument)の吟味が中心となり、逆に精緻化が難しいほど、好意・権威・社会的証明・デザイン美などの周辺手がかり(peripheral cues)で判断しやすいと整理しました。中央ルートで形成された態度は、比較的「持続し、反論に強く、行動を予測しやすい」傾向がある一方、周辺ルートは到達・即時性に強みがあります。
重要なのは、ELMが“情報の種類”でルートを決めない点です。例えば「専門家の推薦」は低関与では周辺手がかりとして働きますが、高関与では「その専門性は妥当か」という論拠として吟味され得ます(同じ変数が別の働きをする)。このため、実務では「中央=理性的、周辺=感情的」という単純化は誤りになりやすいです。
精緻化見込みを左右する代表要因は次の2群です。
動機(Motivation):個人的関連性/課題の重要度(関与)、Need for Cognition、目標(正確さ・防衛・印象管理)など
能力(Ability):知識、時間、注意、認知負荷(マルチタスク・疲労)、理解しやすさ(構造化・可読性)など
関連理論との違いを整理します。
| 理論 | 2つの処理 | ねらい/違い(実務の使いどころ) |
|---|---|---|
| ELM(精緻化見込みモデル) | 中央/周辺 | “受け手がどれだけ考えられるか”を軸に、論拠・手がかりの効き方と態度変容の質を予測 |
| HSM(ヒューリスティック-システマティック) | ヒューリスティック/システマティック | 動機づけ(最小努力・妥当性など)の議論が厚い。両処理が併用され得る点も強調 |
| 二重過程(System 1/2 等) | 直観/熟慮 | 一般的な認知の枠組み。説得“文脈”の変数設計はELM/HSMの方が具体的 |
マーケティングでの要点は、①「関与を上げて中央ルートへ導く」か、②「周辺手がかりを整えて低関与でも損しない」か、③その両方を“場面ごとに切り替える”ことです(例:広告→LP→営業資料→導入後オンボーディング)。AIマーケティングの文脈では、生成AIで“論拠の提示順”や“手がかり(信頼サイン)の出し方”をパーソナライズし、精緻化を阻む摩擦(不安・理解コスト)を下げる設計が要になります。
具体例/活用案
ELMを実務に落とすと、「買わせる」より前に**“もやもや(不確実性)を放置しない”**設計が重要になります。周辺ルート(安心の手がかり)で入口を作るのは有効ですが、重要な意思決定ほど、中央ルート(論拠で納得)に移行できないと、態度が浅く形成されて揺れやすい—というのがELMの基本的な含意です。
サブスク/BtoB(継続課金・稟議あり)
入口:実績、レビュー、セキュリティ認証、導入社数などで「まず安心」(周辺ルート)。
決定直前:比較表、費用対効果、導入手順、運用負荷、できないこと/前提条件を明示して「納得」(中央ルート)。
この“期待値の適正化”は、期待と実体験の一致(確認)が満足につながり、継続意向(continuance intention)を高めるという期待確認モデル(ECM/ECT)の知見とも整合します。
→ KPIはCVRだけでなく、初月解約、オンボーディング完了率、D30継続、問い合わせ率をセットで見ます。
EC(返品率が課題になりやすいカテゴリ)
オンラインでは返品が巨額規模になっており、事業課題として無視できません。
特にアパレルでは「サイズ/フィット」が主要な返品理由になりやすいことが複数の調査・研究で指摘されています。
ここでELMを使うポイントは、(a)周辺ルートの“雰囲気買い”を否定するのではなく、(b)返品に直結する不確実性(サイズ感・素材感・透け・伸縮・手入れ)だけは中央ルートで解消する、という切り分けです。サイズ推奨ツール等は万能ではない一方、リピート顧客価値(CLV)とのトレードオフを踏まえて運用判断すべき、という示唆も報告されています。
→ レビューに「身長/体型/着用感」テンプレを入れる、比較写真、返品条件の明確化などで“期待ギャップ”を潰します。インフルエンサー/推薦(指名買い以外の獲得)
インフルエンサーは周辺ルートの強力な起点ですが、そこで終わると「雰囲気で買った」状態が残ります。投稿は短く刺し、LPや商品詳細で“論拠”(比較・根拠・制約)に着地させる導線をセットにします(例:投稿→要点LP→比較表→FAQ)。
→ 下流で「期待と実態の確認」が取れれば、満足→継続の流れ(ECM)に乗りやすくなります。AIマーケ(生成AIを“説得の深さ”に使う)
生成AIで有効なのは誇張コピーではなく、ユーザーの温度感に合わせて「要約→詳細→注意点」を出し分け、理解コストを下げて中央ルートを支援することです。チャット型FAQで“もやもや”を検知して該当根拠へ誘導すると、納得形成と期待値調整を両立しやすくなります。
誤用の注意(返品・解約を増やしやすいパターン)
「手がかり(権威・人気・割引)だけで押し切り、前提条件や制約を隠す」のは短期CVを作れても、期待不一致(disconfirmation)を生みやすく、満足・継続意向を毀損し得ます
すぐ使える問い(Killer Question)
受け手は今「精緻化できる状態」か(課題の切実さ=関与、理解に必要な時間・知識、認知負荷)。できないなら、長文より先に保証・実績・第三者評価・UIで不安を潰すべきでは(離脱防止)。
このメッセージの論拠は、比較検討に耐える品質か。主張→根拠→条件→限界が一貫し、反論(代替案/リスク/費用)まで先回りできているか。できていないなら“説得”ではなく“説明不足”では(CV低迷の原因)。
周辺手がかりの設計は倫理的に健全か。権威・人気・ランキング・AI推薦の演出が誇張や誤認を生み、短期CVと引き換えに長期信頼(解約・低評価レビュー・炎上)を損ねていないか(LTV/継続率で検証)。
参考文献リスト
ELM(精緻化見込みモデル)の原典
Petty, R.E., & Cacioppo, J.T. (1986). The Elaboration Likelihood Model of Persuasion. In: Advances in Experimental Social Psychology, Vol. 19. Academic Press.
Petty, R.E., Cacioppo, J.T., & Schumann, D. (1983). Central and peripheral routes to advertising effectiveness: The moderating role of involvement. Journal of Consumer Research, 10(2), 135-146.
- 引用数:8,466回
- Oxford Academic
Petty, R.E., & Cacioppo, J.T. (1984). The effects of involvement on responses to argument quantity and quality: Central and peripheral routes to persuasion. Journal of Personality and Social Psychology, 46(1), 69.
- 引用数:3,130回
- APA PsycNet
Cacioppo, J.T., Petty, R.E., & Kao, C.F. (1986). Central and peripheral routes to persuasion: An individual difference perspective. Journal of Personality and Social Psychology, 51(5), 1032.
- 引用数:1,838回
- PDF版
関連理論
Chaiken, S. (1980). Heuristic versus systematic information processing and the use of source versus message cues in persuasion. Journal of Personality and Social Psychology, 39(5), 752.
- 引用数:9,123回
- PDF版
Chaiken, S., & Ledgerwood, A. (2012). A theory of heuristic and systematic information processing. In: Handbook of Theories of Social Psychology.
- 引用数:623回
- Torrossa
Oliver, R.L. (1980). A cognitive model of the antecedents and consequences of satisfaction decisions. Journal of Marketing Research, 17(4), 460-469.
Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.
Cacioppo, J.T., & Petty, R.E. (1982). The need for cognition. Journal of Personality and Social Psychology, 42(1), 116.
アパレルEC返品に関する調査研究
Coresight Research (2023). The True Cost of Apparel Returns: Alarming Return Rates Require Loss-Minimization Solutions.
Radial (2024). Tech takes on e-commerce’s $218 billion returns problem.
Rocket Returns (2025). Ecommerce Return Rates 2025: Complete Industry Analysis + Benchmarks by Category.
FitEz. Reduce Returns Due to Sizing Issues in Fashion Ecommerce.
Vogue (2026). Is 2026 the Year Fashion Finally Fixes Its Returns Problem?
一般的な解説リソース
Wikipedia. Elaboration Likelihood Model.
Wikipedia. Heuristic-Systematic Model of Information Processing.
Wikipedia. Dual Process Theory.
Simply Psychology (2024). Elaboration Likelihood Model of Persuasion.
Interaction Design Foundation. Elaboration Likelihood Model Theory: Using ELM to Get Inside the User’s Mind.
ResearchGate. The Elaboration Likelihood Model of Persuasion.


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