はじめに
私自身の失敗談からの学びです。
いろいろ提案しましたが、「どうも危機感が伝わらない」・・・よくあることです。それについていろいろと考えながら整理してみました。皆さんのご意見も是非聞かせてください。
提案が通らないのはなぜ?原因は「注意・判断摩擦・タイミング」
ミドルが出す提案が通らないとき、原因は「説得力不足」でも「上が保守的」でもなく、だいたい次の3つに集約されます。
-
そもそも注意が向いていない(トップの時間と注意は有限)
-
決めるのが面倒(判断摩擦=決めるコストが高い)
-
タイミングが早すぎる/遅すぎる(“理解できる状態”が来ていない)
イシュー・セリングの研究は、まさにこの現実──「トップの注意は有限で、何を重要課題として認識させるかが勝負」──を正面から扱ってきました。JSTOR+1
そして見落とされがちなのが ③タイミング です。
Just In Time(必要なときに必要な提案)…と言いたいところですが、現実には“その瞬間”では遅いことが多い。必要なのは Just-Before-In-Time(JBIT)──「意思決定が必要になる少し手前」で、“理解できる状態”を先につくることです。Wiley Online Library+2INFORMS Pubs Online+2
イシュー・セリングとは:提案の“中身”ではなく、経営の「注意配分」と「解釈」を動かす行為
イシュー・セリング(Issue Selling)を一言でいうと、戦略決定権を持たない立場(典型はミドル)が、ある出来事や兆候を「戦略イシュー」として上位層に認識させ、注意と行動(資源配分)を引き出すプロセスです。JSTOR+1
ここで重要なのは、「イシュー」の意味が想像より広いこと。古典研究ではイシューを、出来事・変化・トレンドなど(implicationsを持ち得るもの)として一般化して扱っています。JSTOR
つまりイシュー・セリングは「大きな戦略提案」だけでなく、現場の違和感、品質の兆候、顧客行動の微変化などを、経営が扱える形に“戦略イシュー化”する営みでもあります。
なぜ「提案」ではなく「イシュー・セリング」なのか
ポイントは、会社の行動が“合理性”だけで決まらないことです。注意ベース視点(Attention-Based View)は、企業行動を「意思決定者の注意がどう配分されるか」で説明します。Wiley Online Library+1
だからこそ、正しい提案でも、注意が向かなければ存在しないのと同じになります。
“通す技術”の中核は、タイミングと文脈
ミドルはいつでも声を上げればいいわけではありません。研究は、ミドルが「売る/売らない」を判断する際に、文脈(上が受け取れる状態か、危険か)を読み取っていることを示しています。Wiley Online Library+1
さらに近年は、イシュー・セリングをナラティブ(断片→解釈→正式提示)として捉え、「いきなり完成品を出すのではなく、断片的に仕込んで“理解可能な状態”を作る」モデルも提示されています。Toulouse Capitole Publications
ここでいうJBITとは、「決裁の瞬間にぶつける」ことではなく、決裁者の頭の中に“問題の棚”を先に作っておくこと。
1. ミドルの仕事を再定義する:提案ではなく「OS更新」
ミドルの仕事を、こう捉え直すと景色が変わります。
-
提案=“施策の売り込み”ではない
-
提案=経営の注意配分と意思決定を動かす“OS更新”である
イシュー・セリングは、トップの注意を動かし、戦略行動や資源配分につながる「初期段階の行為」として整理されてきました。JSTOR
つまりミドルは、権限で勝負するのではなく、注意と意思決定の条件を整えることで組織を動かせる。
2. 提案を通す設計①注意を取る/②判断摩擦を下げる
提案を通す仕事を、2つの設計問題に分解します。
設計① 注意(Attention)を取る
トップの注意は希少資源です。だから「正しい話」より先に、“今扱うべき話”として棚に上がる必要がある。Wiley Online Library+1
設計② 判断摩擦(Decision Friction)を下げる
提案が通らない理由の多くは「反対」ではなく、決められない(先送り)です。
情報量が多い、関係者が多い、責任が重い——この全部が意思決定の摩擦になります。
ここで効くのが、後述する A/B/C案(特にC案=小さく始める選択肢) と “決めるだけで進む”提案構造。ミドルの「成功パターン(moves)」を集めた研究も、こうした“暗黙の型”の存在を示しています。Academy of Management Journals+1
3. タイミング設計—JITではなくJBIT(決められる直前)
なぜ「早すぎる提案」は通らないのか
早すぎる提案は、内容以前にこう処理されます。
-
「まだ判断材料がない」
-
「今は優先順位が違う」
-
「検討しよう(=棚上げ)」
これは拒否ではなく、理解と意思決定の準備が整っていないだけ。ミドルは文脈を読み、「今売ると損する」状況を避ける傾向が示されています。Wiley Online Library+1
JBIT(Just-Before-In-Time)の実体:断片→解釈→正式提示
近年のモデルでは、イシュー・セリングは“完成品を一発で出す”のではなく、
-
断片をネットワークに共有しながら育てる(incremental elaboration)
-
意思決定者に整合した物語として正式提示する(interpretation)
という2フェーズで進むとされます。Toulouse Capitole Publications
これが、そのままJBITの設計図になります。
4. 提案を通す5ステップ(Decision Window Map〜15分提案)
Step 1:意思決定の“窓”を特定する(Decision Window Map)
まず、提案内容ではなく 意思決定が起きる窓を地図にします。
-
予算策定/四半期レビュー/重点テーマ見直し
-
監査・品質・セキュリティの節目
-
大型案件の失注・解約・障害の直後
-
組織改編・人事異動の前後
ポイント:窓の「当日」に出すのではなく、その1〜4週間前がJBITの狙い目です(組織のリズムに合わせる)。
Step 2:ナラティブ断片を“先に”流す(プレ・セリング)
いきなり提案書を出さず、まずは断片を投げます。
-
「この兆候、他チームでも出てませんか?」
-
「このままだと、次のKPIに効いてきそうです」
-
「小さく検証するなら、ここからなら始められます」
これは根回しというより、理解の土台づくり。断片共有→解釈→正式提示という流れと整合します。Toulouse Capitole Publications
Step 3:“判断摩擦”を下げる型に変換する(A/B/C案)
-
A案:理想(効果大/摩擦大)
-
B案:現実的(効果中/摩擦中)
-
C案:小実験(効果小/摩擦小、ただし学習が得られる)
コツ:C案を「先送り」ではなく、次の意思決定の材料を作る学習装置として位置づける。イシュー・セリングが時間をかけて「資産(権限・知識・正当性など)」を蓄積し上達していく、という整理とも相性が良いです。ResearchGate
Step 4:“赤信号/青信号”を読む(文脈適合)
組織文脈がイシュー・セリングを促進/抑制する、という論点は中心的に扱われています。INFORMS Pubs Online+1
-
赤信号が強いとき:C案で小さく、連名・スポンサーを付ける
-
青信号が強いとき:A案も含めて勝負する(ただし巻き込み設計は必須)
Step 5:最後に“正式提案”する(短く・決めるだけにする)
JBITで下ごしらえができていれば、正式提案は長く要りません。
15分で通す提案フォーマット
-
①兆候(事実):何が起きているか(1分)
-
②意味(リスク/機会):放置すると何が失われるか(3分)
-
③戦略接続:どの経営テーマ/KPIに刺さるか(3分)
-
④A/B/C案:今日決めることは何か(5分)
-
⑤次の一手:C案で何を何週間で検証するか(3分)
5. 最大の緊張:声を上げるほど損をする(政治×心理的安全性)
ここが避けて通れない矛盾です。
-
変革しろ=声を上げろ
-
でも、声を上げる行為は印象管理や政治リスクを伴う
-
心理的安全性が低いほど、特に「問題指摘(禁止的ボイス)」が出にくい Academy of Management Journals
つまり個人に勇気を要求するだけだと、組織は合理的に沈黙します。だから対策は“胆力”ではなく設計です。
-
連名・共同提案でリスク分散
-
スポンサー(上位者)を付ける
-
“無罰ゾーン”の小さな会議体(クローズドレビュー)を作る
Now What:明日からの実務アクションの例(誰が/何を/いつまでに)
-
ミドル(あなた):今週中に「Decision Window Map」を作る(予算・四半期・監査・大型案件の節目を可視化)
-
部門長+ミドル:2週間で「A/B/C案テンプレ」を共通化し、提案は必ずC案を含める運用にする Academy of Management Journals+1
-
HR/経営企画:四半期内に“無罰ゾーン”のレビュー枠をパイロット導入(禁止的ボイスが安全に出る場) Academy of Management Journals
参考文献
Dutton, J. E., & Ashford, S. J. (1993). Selling Issues to Top Management. Academy of Management Review.
(JSTOR) https://www.jstor.org/stable/258903
(ResearchGate entry) https://www.researchgate.net/publication/234021482_Selling_Issues_to_Top_Management
Dutton, J. E., Ashford, S. J., Wierba, E. E., O’Neill, R. M., & Hayes, E. (1997).
Reading the Wind: How Middle Managers Assess the Context for Issue Selling to Top Managers. Strategic Management Journal.
https://sms.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/(SICI)1097-0266(199705)18:5<407::AID-SMJ881>3.0.CO;2-J
Dutton, J. E., Ashford, S. J., Lawrence, K. A., & Miner-Rubino, K. (2002).
Red Light, Green Light: Making Sense of the Organizational Context for Issue Selling. Organization Science.
https://pubsonline.informs.org/doi/10.1287/orsc.13.4.355.2949
Dutton, J. E., Ashford, S. J., O’Neill, R. M., & Lawrence, K. A. (2001).
Moves That Matter: Issue Selling and Organizational Change. Academy of Management Journal.
https://journals.aom.org/doi/abs/10.5465/3069412
(PDF mirror) https://homepages.se.edu/cvonbergen/files/2013/01/Moves-that-Matter_Issue-Selling-and-Organizational-Change.pdf
Howard-Grenville, J. A. (2007). Developing Issue-Selling Effectiveness over Time: Issue Selling as Resourcing. Organization Science.
(ResearchGate entry) https://www.researchgate.net/publication/240293906_Developing_Issue-Selling_Effectiveness_over_Time_Issue_Selling_as_Resourcing
Vacquier, R., Garreau, L., & Dameron, S. (2024). The Construction of a Strategic Issue: Issue Selling as a Narrative Process. M@n@gement.
(Repository abstract) https://publications.ut-capitole.fr/id/eprint/49798
(DOI) 10.37725/mgmt.2024.5778
Ocasio, W. (1997). Towards an Attention-Based View of the Firm. Strategic Management Journal.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/(SICI)1097-0266(199707)18:1%2B<187::AID-SMJ936>3.0.CO;2-K
Liang, J., Farh, C. I. C., & Farh, J. L. (2012).
Psychological Antecedents of Promotive and Prohibitive Voice: A Two-Wave Examination. Academy of Management Journal.
https://journals.aom.org/doi/10.5465/amj.2010.0176
ご質問・ディスカッション
いろいろとご意見がございましたら、Contactフォームからお問い合わせください。


コメント