[Summary]
「市場・競争の診断(Strategy & Market Diagnosis)」において、自社を取りまく外部環境の構造的魅力を評価し、収益の源泉を特定するためのフレームワークです。
「業界の収益性を決定づける5つの競争圧力を可視化し、自社が守るべき利益の『防壁』をどこに築くかを導き出す戦略ツール」
いつ使うか: 新規事業への参入可否を判断する際、または既存事業の収益性が低下した原因を「自社の努力不足」ではなく「業界構造の変化」から特定したい時に使用します。
[秀逸ポイント]
5 Forces(以下5F)が40年以上経っても色褪せない最大の理由は、「競争相手」の定義を、直接的な競合企業から「利益を奪い合う5つの力」へと拡張した点にあります。
多くのマーケターは「競合他社との差別化」に終始しがちですが、5Fは「なぜこの業界はそもそも儲からないのか?」という問いを突きつけます。例えば、どれだけ優れた製品を作っても、買い手(顧客)の交渉力が強すぎたり、安価な代替品が台頭していれば、利益は外部へ流出します。
このフレームワークの秀逸さは、個別の企業の「戦術」ではなく、業界全体の「経済構造(構造的魅力度)」を客観的な指標として浮き彫りにしたことにあります。これにより、経営者は「どこで戦うか(Where to play)」という、マーケティングの最上流工程における意思決定をロジカルに行えるようになったのです。
[提唱者・発表時期]
提唱者は、ハーバード・ビジネス・スクールの教授であり、「現代戦略論の父」と称される**マイケル・E・ポーター(Michael E. Porter)**です。
1979年、彼が若干32歳の時に執筆した論文『How Competitive Forces Shape Strategy(邦題:競争の戦略)』にて初めて発表されました。それまでの経営戦略論が、企業の内部資源や経験則に頼っていたのに対し、ポーターは経済学の「産業組織論(Industrial Organization)」の知見をビジネスに持ち込みました。
彼は、企業の業績は「個々の努力(経営努力)」よりも「どの産業に属しているか(産業構造)」によってその大部分が決まるという、当時のビジネス界にとって衝撃的なパラダイムシフトを巻き起こしました。この論文を基に出版された著書『競争の戦略(Competitive Strategy)』は、世界中のビジネススクールでバイブルとして読み継がれています。
[詳細説明]
1. 5つの力の正体
5Fは、業界の収益性を規定する以下の5つの要素で構成されます。
既存競合者同士の敵対関係: 価格競争の激化や広告合戦。
新規参入者の脅威: 参入障壁(規模の経済、ブランド力、スイッチング・コスト)の高さ。
代替品の脅威: 既存製品の役割を根底から覆す新しい技術やサービス。
買い手の交渉力: 顧客が価格引き下げを要求できる力。
供給者の交渉力: 部品や原材料の提供者が価格を吊り上げられる力。
2. 歴史的背景:SCPモデルからの脱却
5Fの理論的背景には、経済学のSCP(Structure-Conduct-Performance)モデルがあります。
Structure(構造): 市場のプレイヤー数、障壁など。
Conduct(行動): 企業の価格設定、投資戦略。
Performance(成果): 収益性。
ポーターは、この「構造(S)が成果(P)を決定する」という決定論的な流れに、「戦略(C)」によって企業は自ら構造に働きかけ、収益性を変えられるという希望を与えました。
3. 対立する理論:リソース・ベースド・ビュー(RBV)との相違
5F(ポジショニング派)と対立する概念として、ジェイ・バーニーらが提唱した**リソース・ベースド・ビュー(RBV:内部資源派)**があります。
5F(外部重視): 「儲かる市場に、勝てる位置取りをする」
RBV(内部重視): 「他社に真似できない稀少な強み(VRIO)を磨く」
現代では、この両者は対立するものではなく、「外部環境を5Fで捉え、内部資源をRBVで定義する」という補完的な関係にあると解釈されています。
4. 5Fと他フレームワークの比較
| 項目 | 5 Forces | 3C分析 | SWOT分析 |
| 主目的 | 業界構造の魅力度(収益性)診断 | 戦略の方向性決定(マクロ/ミクロ) | 現状の整理と機会の特定 |
| 視点 | 外部(業界全体) | 外部+内部 | 外部+内部 |
| 時間軸 | 中長期(構造的変化) | 短中期(現状把握) | 現在(現状整理) |
| 特徴 | 利益がどこに流出するかを特定 | 顧客、競合、自社のバランスを重視 | 強み・弱みの主観的評価に陥りやすい |
5. デジタル時代の5F(エコシステムと補完財)
近年では、5Fに「第6の力」として**「補完財(Complementors)」**を加えるべきだという説が有力です(Adam BrandenburgerとBarry Nalebuffによる主張。「Co-opetition」(1996年))。例えば、スマートフォンにおけるアプリ開発者の存在は、競合でも供給者でもなく、製品の価値を高める補完的な存在です。また、プラットフォームビジネスの台頭により、供給者と買い手の境界が曖昧になるなど、古典的な5Fだけでは説明しきれない複雑な動態も生まれています。
[具体例/活用案]
事例1:米国の航空業界(低収益の構造的理由)
ポーター自身が「最も収益性が低い業界の典型」として挙げるのが航空業界です。5Fで見ると、その過酷さが浮き彫りになります。
既存競合: 激しい価格競争。
供給者: ボーイングとエアバスの2社独占(交渉力が極めて高い)、労働組合の強さ。
買い手: 比較サイトの普及により、顧客は1円でも安い便を容易に選択できる。
参入障壁: リース機材や空港枠の調整により、LCCの参入が絶えない。
代替品: 新幹線、高速道路、Zoom(出張の代替)。
【活用案】 航空会社は現在、マイルプログラム(スイッチング・コスト向上)や、特定のハブ空港の独占(参入障壁構築)によって、この「構造的な負け戦」から脱却しようとしています。
事例2:ネスプレッソ(ネスレ)の参入障壁戦略
ネスレは、単なる「コーヒー豆の販売」を「専用マシンとカプセル」のモデル(剃刀と替え刃モデル)に変えることで、業界構造を再定義しました。
参入障壁: マシンの特許と独自の販売網により、他社カプセルの参入を徹底排除。
買い手の交渉力抑制: カプセルを直販(D2C)にすることで、スーパーなどの小売店の価格決定権を無効化。
代替品: 「自宅でエスプレッソ」という体験を提供し、スターバックスなどのカフェ(代替品)に行く動機を奪う。
事例3:Appleの「供給者」コントロール
Appleは、キーデバイスとなる半導体やディスプレイの供給者に対し、莫大な設備投資資金を援助する代わりに、生産ラインを独占する契約を結ぶことがあります。これは、「供給者の交渉力」を資本力で抑え込み、同時に「競合他社への供給」を断つことで参入障壁を築くという、5Fを攻守両面で活用した高度な事例です。
[すぐ使える問い(Killer Question)]
1. 「利益の流出ポイントはどこか?」
自社の収益が上がらない原因を「営業力不足」と決めつける前に、5つの力のうち、どこに利益が「吸い取られて」いるかを問い直してください。供給者の値上げですか? それとも顧客の価格比較ですか?
2. 「競合を倒すのではなく、業界構造を自社に有利に変えられるか?」
価格競争に勝とうとするのではなく、「参入障壁を築く(特許、ブランド、データ)」や「買い手のスイッチング・コストを上げる」ことで、戦わずして勝てる構造へ移行できないかを検討してください。
3. 「その代替品は、顧客のどの『ジョブ(用事)』を奪っているか?」
同業他社の動きよりも、顧客が「あなたの製品を買うのをやめて、全く別の方法で目的を達成している」可能性に注目してください。代替品の脅威は、常に業界の外から、静かにやってきます。


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